その12 2004.3.31

地下茎の不思議 

 右の写真は、何年か我が家の軒下で鉢植えに していた道北のオオバキスミレの地下茎の一部です。地下茎がこみいっていたりして、自然の状態とは違っているかもしれませんが。植物に感謝しながら地下部 の観察をさせてもらうことにします。


 この個体は、鉢から掘り出すとき写真の左端の所で切れてしまいました。見えている部分では、そこが一番古い部分で、たぶん一昨年伸びて出来た所なので しょう。

 右側に来年のための芽を持つ枝が4本見えています。手前の3つの芽は地表に近く紫紅色に色づいてつやつやし ていますが、奥の方はさほどでもありません。これは、奥の枝が地表方向ではなく少し深い方へ伸びてしまったからだと思います。自然の状態では、芽が出来る 頃周りが薄暗かったり草に埋もれているので、普通はこんなに赤くなることはないようです。

 次の写真は、そのうち、一本の枝を大写しし たものです。観察の邪魔になる根は短く取り除いてあります。

 その下の図は、同じ枝をスケッチしたものです。この図を見ながら、現在、私が理解していることを書いてみま す。

 「今年の花茎のとれた跡」と図に示した所は、地上に花を咲かせた茎が根元でぽっきり折れた跡です。地上に花 を咲かせた茎や、根生葉の葉柄は、夏には、枯れるともなく腐るともなく、崩れ落ちてしまいます。その際必ず地下茎との接点付近にこのような痕跡を残しま す。とれた跡はとてもきれいで平らで、いつも根元付近と決まっていますので、木の葉が落葉するときに離層から落ちるように、地下茎と地上部の間には何か離 層のようなものがあるのかも知れません。この地下茎では、地上部の取れた跡が一つですので花茎が一本だけあったことが分かります。根生葉もいっしょに付い ていたならば、その取れた跡もいっしょに並んでいるはずです。ちなみに、花茎と根生葉がいっしょにくっついている状態は野外でもそうざらにあるものではあ りません。普通は、花茎が一本か、または根生葉のどちらかが一本が出ているだけです。しかしまれには花茎が二本くっついていたり、さらにまれには、花茎が 二本と根生葉もついているなどということもあります。

 この図では、紫紅色の越冬芽が、折れた地上茎 の脇から出ているように見えますが、本当はこの芽の方が地下茎の中心です。花茎は地下茎の中心の脇から出ます。正確にはこの赤い芽の中に先へ先へと伸びる 元になる成長点が入っているということになります。

 図の中に1〜5と番号をつけたのは、竹のフシと同じく、節といいます。そこだけはっきりと太っているように 見えますが、これはこの節に付いていた托葉の脱落した跡です。右下に二つの写真で示しましたように、典型的なものは托葉が二枚はっきり別れて付いていて、 その間には隙間もあります。その上の方の写真の上部にちょこんとくっついている黒い三角とそれに付随した茶色いものが退化した葉です。この退化した葉の内 側の腋から芽が出ます。この地下茎では1〜5の節はいずれもはっきりした腋芽を持っています。4では後ろに隠れて見えません。また1ではしっかりと伸び始 めて新しい地下茎が始まっています。この退化した葉は、あまりはっきりしないものもありますが、節には必ず付いています。今年の花茎のとれた跡の手前にも 茶色いの小さな三角が見えていますが、これです。下の別の個体の地下部の例にも見えます。探訪記7ページにオオバキスミレをスケッチしましたが、その中に 見えている3枚の葉の葉柄の根元にそれぞれ二枚の托葉があり、葉柄の腋から花茎が出ています。その形態のそっくりさんが地下にもあるのです。

 今仮に1の部分に左側向きに丸い芽があったと仮定しましょう。一シーズンで5のところまで成長するわけです がその間に現れた部分はすべて、その丸い芽の中に入ることになります。節の間のことを節間といいますが、その節間を極端に短くしたと考えれば良いわけで す。脱落した托葉もちゃんと想像してみます。托葉に包まれた丸い芽と腋に小さな葉と小さな腋芽、その丸い芽の中に、また丸い芽と腋に小さな葉と小さな腋 芽、・・・。そうなんです。実は今現在、先端に付いている丸い赤い芽の中身はそうなっているのです。あの丸く赤く見えているのは何枚もの托葉そのものなの です。

 今年の花茎のとれた跡の真ん中に小さな丸い芯のようなものが見えます。これは維管束の跡です。花茎のとれた 跡のときは中心に丸くあり、葉柄の取れた跡の時は細長く広がって、しばしば人の顔の目と口のように見えます。このようすは、下の別個体の写真でよく分かり ます。従って、この別個体の地下茎は今年花を咲かせましたが、去年一昨年は根生葉だけでじっくり稼いでいたということが分かります。この例では去年の取れ 跡もはっきりしていますのでわかりやすいのですが、根生葉の場合はその左側に葉の退化した跡がなく、また右側に成長しなかった芽がちょっと覗いていること でも葉であったことが分かります。

 5から上、今年の花茎のとれた跡まで皺がいっぱいあり、鱗片葉の跡と図示しましたが、実はこれも節の跡で す。5段は数えましたが、根気が続かず正確ではありません。花茎や葉柄など地上部を伸ばすときには節間を伸長させずに、一気に地上部を伸ばすのでこのよう な形になるのだと思われます。

 可哀想ですが、赤い芽を解剖して見ました。薄皮のように左右から包まれている鱗片葉をはがしますと、左上の 写真になります。小さな葉があって、また丸い芽が出てきます。これを解剖するとまた同じ構造が出てきます。まるでロシアの民芸品、マトリョーシカ人形のよ うな入れ子構造になっています。なお、越冬芽の鱗片葉は地下茎に付いている退化した托葉と違って、中の芽を保護するのに適した形へと特殊化が進んでいるよ うです。

 おしまいの写真は、別個体(フギレオオバキスミレ)の越冬芽の中身の例を示したものです。9月19日の状態 ですが、もうすっかり来年の用意が出来ています。第1葉の葉身には不規則なギザギザもちゃんと見えました。二枚の托葉は大きくてしっかりと蕾をつつんでい ます。手前の一枚をそーっと持ち上げて写真を撮ってみました。三枚の葉と二つの蕾はまるで羊水につかってでもいるかのようにみずみずしい状態でありまし た。



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