その11 2004.3.31

葉っぱの不思議 

 右の画像は、2002年6月に、我が家から一番近いフギレオオバキスミレの生育地でつまんできた第1葉の上面をスキャナーで読み込んだものです。このくらい鋸歯が飛び出していますと、ためらわずにフギレオオバキスミレと言えるのですが、近くの場所ではもっとオオバキスミレに近い葉形の一群が見られますし、じっくり足を止めて観察しますと、この葉の個体のすぐわきにも、鋸歯のほとんど飛び出さない個体が見られます。


 5月の花の時期にも行きましたが、道の左右にたくさんの小群落があり、無数の花が咲いています。そこは林道で一度攪乱された場所ですから、もともとは少なかったものが法面などに広がったものと思われます。そこへ行く道すがらの自然な沢沿いにも点々と見られますので、そこが本来のすみかなのだと思います。
 我が家から近いので、今年の春以来花の時期が終わっても、何度かここに来て観察していますが、同じ場所の葉の形になぜこうも変異が大きいのか考え続けています。思い出せば、この花に魅せられたはじめの頃、この山塊の反対側の何カ所かでこれと同じ現象を見ていました。その当時は、それはオオバキスミレ型が山の上ではフギレオオバキスミレ型に変わる、その中間の姿を見ているのだと思っていました。環境が変化するその度合いに応じて中間的な形が現れるのではないかと思っていました。


 しかし、2002年のシーズン初め、胆振地方でもすぐ近くで二型が見つかったことで、今現在はちょっと違った考えになっています。一つの地域で葉っぱの形が多少違っていてもそんなにシビアに生活に差し障りはないのではないかと思い始めています。わりと近くでいくつかの小群落と出会い、それらの葉の形の違いに気がついたとき、なにかわけがあるのではないかと考えてしまいますが、十分にたくさんの個体を目にすることが出来るような所ではいろんな形がいっぱいあるのに気がつくのではないのでしょうか。そんなことを考えながら山を歩くのも楽しいものです。


 今年の7月はじめ、久しぶりに夕張山地に行ってみました。今年は異常に春が早かったせいか、ほとんどのオオバキスミレ類(とりあえずこのように書いておきます)は花が終わっていました。でも花が無くともけっこう見つけることができました。ずいぶん以前に自分が見つけた標高範囲のだいぶ上と下にも見つけました。そして、フギレキスミレとフギレのないものが全く隣り合わせているのも見ましたし、あれっ、これってフギレオオバキスミレと言ってもかまわないんじゃないかな、というようなものも見つけました。葉っぱのちがいのありようは、あのフギレオオバキスミレたちといっしょだなと思いました。


 下の画像は最初の画像の中の枠で囲った部分をスキャナーの解像度を高くして取り込んだものです。この中に全部で13の鋸歯が見えています。その内8つは葉身にぴったりよりそった鋸歯です。基本変種オオバキスミレの鋸歯は、だいたい全部がこのような形の鋸歯です。一番左側に飛び出た鋸歯はこれは葉の先端で、このように先端(水孔)に向かってまっすぐ太い中央脈が貫いています。それに対して、よりそったほうの鋸歯にはちょっと分かりにくいかもしれませんが、細い葉脈が曲がりくねってそーっと水孔に入ってゆきます。
 水孔にはあまった水分を排出する役割があります。「日本のスミレ」の著者のいがりまさしさんの「四季の花撮影」という本に各水孔から水玉があふれるすばらしい写真があります。オオバキスミレが細い葉脈をそーっとそこにむすんでいるのはあまり水分を出したくない意志なのかもしれません。
 それに対して、画像の右から3番目、6番目、8番目の鋸歯には、中央脈に負けないような太い葉脈が迷うことなくまっすぐに貫いています。特に3番目などは葉柄からほとんど折れ曲がることなくまっすぐに葉脈が延びて入って行きます。まるでもうひとつの先端が出来たかのようです。この様子は最初の画像の方がわかりやすいかも知れません。よほど葉っぱの水圧の維持に自信があるのでしょう。普通ならこういう変わり者は一般的な葉のものより維持費がかかってやがてはやってゆけなくなるものなのでしょうが、北海道の多雪地の河畔林などでは春の光、水分、栄養とも十分で、本家をしのぐ勢いになっているのかも知れません。

 ちなみに、この葉っぱには今見えている表面の葉脈にも葉縁の毛と同じような毛が密生しているのが見えるでしょうか。普通、葉裏の葉脈にも毛があると図鑑などには書かれていますが、この個体は反対に表面に毛があり、裏面にもありますがずっと少ないのです。その傾向はこのあたりのものいくつか調べてみて共通しています。これもこのあたりのフギレオオバキスミレたちのアイデンティティの一つなのでしょうか。


 お盆のころ、いつもの所へ行ってみました。予想どおり、フギレオオバキスミレは全くあとかたもなく地上から姿を消していました。目を皿のようにして探しても、痕跡さえも見あたりません。
 まわりには、ミヤマスミレやオオタチツボスミレのまだ青々した葉が薄暗い林床で営々として稼いでいるというのに。やはり、フギレオオバキスミレもオオバキスミレと同じく春のはかない妖精の仲間だったのだなと思いました。



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