その14 2004.3.31
3年ほど前の探訪記です。
6月の初旬、渡島半島の細くくびれたあたりの山地に出かけてみました。
土曜日、仕事が終わった後そのまま現地まで走るつもりでいました。ところが仕事中に腰をひねって腰痛を再発してしまったのです。私がへっぴり腰で歩いているのを見てたまたま居合わせたトラックの運転手が湿布薬を分けてくれました。おかげで決心が付きました。行けるところまで行ってみよう、だめだったら戻ってくればいいさ。
現地に着いた時は午後9時を過ぎ、林道脇が広くなったところで車を止めそこで眠ることにしました。あたりは漆黒の闇です。ジュウイチが遅くまで啼いていました。
朝起きてみると、湿布のおかげで腰痛は治まっているようです。山に登ることにしました。沢沿いの道。常緑のヒメアオキが道南の一角であることを告げています。増毛山地でよく見かけるキバナイカリソウやオオサクラソウなども現れて親近感が湧いてきました。そして、ほどなくお目当てのオオバキスミレの一群が現れました。絶対あると確信はしていましたがやはりこうして現実に目の前に見ると感激します。いつもそうですが、あったと短く声が出ます。
じつは、この山行きに先立つ1ヶ月前にも道南にスミレ探訪の旅に来ていて、この場所とはそんなに離れていない別の水系で黄色いスミレの大群落を見つけていました。そこのものは、葉に毛が全くなく、質やわらかく、形も細長くて、松前半島に広がる道南のオオバキスミレの分布と連続をなすものです。生育地の様子もよく似たものでした。
その1ヶ月後ですから、私の興味はそんな大群落が道南のオオバキスミレの北限なんていうことはないはず、そこより北ではどんな風になっているんだろうと言うことでした。
そして今、目の前にその北の一群を見ているわけです。ところがよーく見てみますと、葉にわずかにギザギザがあるのです。おまけに、葉面には裏も表も葉脈上に細かいトゲがいっぱい生えているのです。葉縁にもそれと同じトゲ状の毛が進出しているのもありました。これはもはや松前半島のものとは一線を画すものです。さあ、この先が楽しみです。ミソサザイがさかんに囀っています。
沢が深くなり、再びオオバキスミレの群落。これはさきほどよりいっそうギザギザが深くなり、葉縁・葉面の毛も確実に見られ、なにより葉の巾が長さに対して大きくなりあきらかにフギレオオバキスミレといえる形をしています。
さらに、第3の群落。これはどうしたことでしょう。形は細長く、葉に全く毛がなく、欠刻もないオオバキスミレそのものが出てきたのです。これぞ、1ヶ月前の群落の続きと言えるものです。いやいやそうは簡単には問屋がおろしてくれません。目を凝らしてじっと見渡してみますと、近くにやはり、数は少ないのですが多少フギレているものが存在していたのです。
山懐に入って行くとともに過ぎ去ったはずの春が再び戻ってきます。オオサクラソウの赤がとてもきれいです。タニウツギが咲き、ハリブキも多く見かけました。
ルートは徐々に高度を上げ、急斜面の登りになります。腰は安定していないけれどなんとか登れそうです。谷の中からコマドリの鳴き声が聞こえてきます。
そして稜線に飛び出しました。そこにあったのです、フギレオオバキスミレが。葉の長さより巾の方が大きくなり、フギレの度合いも長さに対して15%くらいも切れ込み、毛深さもさきほどの第2の群落よりも増したものです。そして、いままでのものが全部一花だったのに対して、どういうわけか稜線のものはほとんど二花なのです。葉が大きい分だけかせぎが良いのでしょうか。ここでようやく花にも対面できました。花の咲く時期がずれているために遺伝的交流が断たれて少しずつ形態がちがってくるのだろうかと考えました。
展望が広がり、残雪の遊楽部山塊や日本海に浮かぶ奥尻島も見えました。ハクサンチドリ咲く気持ちの良い道です。
そして最後は、消えかかる雪田の周辺で今まさにさかりと咲いているフギレオオバキスミレです。稜線のものより背が低く、葉もまだ成長しきっていないのでしょう、さきほどより小さいけれど、毛深さは増しています。冷気がただよっているからでしょうか。花は二花です。カタクリやシラネアオイなどといっしょにお花畑を現出していました。
帰りは別のルートを通って下りました。豊作だったのでしょう、ブナの実が道いっぱいにおちていました。
やっと車に戻ってきました。往復7時間30分、人っ子一人にも出会わない山でした。
今年2002年の4月末、再びこの地を訪れました。今回は山ではなくもっと日本海よりの低地です。毎年このあたりを訪れて、双眼鏡も使って生育していそうな斜面をくまなく調べたはずなのに、何気なく通ったその同じ場所で、まるで吸い寄せられるように黄色い一群を見つけてしまいました。オオバキスミレは不思議な花です。あるところには必ずある花なのに、探すと見つからない。
それは一見するとオオバキスミレに見えます。しかしどの葉にもやはりギザギザがあるのです。そして、葉の表面に細かいトゲがいっぱいあるのです。葉縁にもそのトゲは現れ、時に毛と言えるほどの長さになります。3年前山に入って最初に見たオオバキスミレ(オオバキスミレとするのを躊躇するのですがとりあえずこうしておきましょう)の一群よりもう少しフギレオオバキスミレ寄りの状態といえばよいでしょうか。
きっとこのあたりの山地には、道もない山襞のそこここに無数に小群落をなして人知れず毎年花を咲かせているのでしょう。
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