その18 2005.2.11
日本の野生植物についての最新の植物誌が講談社から英文で出版されています。1993年から刊行がはじまり今年完結予定の「FLORA OF JAPAN」(全4巻・7分冊)(http://www.kspub.co.jp/92-4.html)がそれです。編集は岩槻邦男、山崎敬、D.E.Bouford、大場秀章の四氏。科ごとに専門の研究者が執筆し、全巻で2500ページ以上もある百科事典のような本です。
私の興味あるスミレ科は秋山忍、大場秀章、田淵誠也の三氏の執筆で1999年にすでに出版されています。一度見てみたいと思っていましたが、近くの図書館にはありませんでした。いつも利用している図書館の司書の方にお願いして、ちょっと遠い大学の図書館から借りていただきました。
記載されているレベルは種・亜種・変種です。オオバキスミレについては以下のような分類がなされています。
Viola brevistipulata 種オオバキスミレ
var. brevistipulata 変種オオバキスミレ
var. minor 変種ダイセンキスミレまたはナエバキスミレ
var. laciniata 変種フギレオオバキスミレ
var. acuminata 変種ミヤマキスミレ(ケエゾキスミレ、トカチキスミレ)
var. hidakana 変種エゾキスミレ
var. crassifolia 変種シソバキスミレ
分類のキーポイントはこれまでと変わらず,上の3つの変種は茎葉が輪生せず最下の葉が離れて着き、下の3つの変種は3枚の茎葉が輪生状に着くこととされています。亜種の区別がないのが大きな特徴です。
var. minorは本州にのみ分布しますので北海道には5つの変種が生育します。
シソバキスミレはこれまで多くの図鑑類でオオバキスミレとは別種として扱われてきました。私もいがりまさし氏の「日本のスミレ」に従ってこの探訪記では取り上げてきませんでした。しかし平凡社の「日本の野生植物」で籾山泰一氏は変種としていましたし、いがり図鑑ではシソバキスミレの緑葉個体の写真も掲載されていたりして、この本でオオバキスミレの一変種として扱われたことにあまり驚きはありませんでした。北海道から固有種が一つなくなるのはちょっと残念ではあります。シソバキスミレは夕張山地の固有変種とされています。
エゾキスミレは日高支庁の山地岩場に固有とありますので、いままでのエゾキスミレの理解のままで良いのだと思います。
フギレオオバキスミレも北海道南西部固有変種として変わりなしです。
オオバキスミレを大きく2つの亜種に分けていた分類では、ミヤマキスミレは葉が離れて着く亜種オオバキスミレのなかで例外的に茎葉が輪生するものとして扱われていました。今回の分類では、亜種エゾキスミレの下級単位だったケエゾキスミレ、トカチキスミレ、フギレキスミレがそっくりミヤマキスミレの名のもとに合一され、この組み替えによって、分類の例外とともに夕張山地などでの命名の混乱状態も解消されます。名前も好もしいような気がします。ケエゾキスミレよりは親しみやすいのではないでしょうか。
北海道全体を見渡して整理してみると、だいたい道南と道北の低地に変種オオバキスミレが分布し,その中間の山地に変種フギレオオバキスミレ、大雪山・夕張・日高山地と本州(長野県)亜高山帯などに変種ミヤマキスミレ、そして一部地域に固有の2変種。という具合にとてもすっきりした分布になりそうです。
私はこの探訪記は以前の分類のままでこのまま続けて行こうと思っています。
フチゲオオバキスミレに個人的な思い入れもありますし、シソバキスミレはもはや登山道の近くにはほとんど見られなくなってしまって、双眼鏡による探訪記ではしようがないからです。
話は変わりますが、2004年の暮れに合田勇太郎氏が「北海道植物誌」(http://www.mmjp.or.jp/owl/ippan/89115-133-1.html)という本を出版されました。B5判430ページの分厚い本です。そのなかに興味深い記事を見つけました。夕張山地の同じ山に3年間継続して一週間間隔で登山すると、その年によって、オオバキスミレ、ケエゾキスミレ、ときにミヤマキスミレなどが出現する。葉が輪生状になったり、互生になったりするのは年によって変動するというのです。なるほどこういう見方もあったのかと思わずうなってしまいました。
これを読んですぐに思い出したのは、私が夕張山地の別の山に登ったときのことです。初めて道ばたで花の咲いた群落に出会ったとき、これはたしかにオオバキスミレかケエゾキスミレか微妙なところだなと思いました。葉が4枚出て一番下のものが離れてつくものが半分くらいあって、葉の巾も少し広く,毛もさほどでもないそんな群落だったのです。ところがその群落から2、300mも離れていない雪渓の残った凹地に差しかかった時、そこに第二の群落があり、さきほどのものよりも葉が細く、毛深く、葉は3枚が輪生するどうみてもケエゾキスミレとしか見えないものが、雪渓から立ち上るモヤのなかで咲いていたのです。私はこのとき、もともと遺伝的に同じものであっても違った生育環境に長らく代を重ねるうちに適応的な素質のものが選択されて、今見る姿になっているのだろうという考えにとらわれました。
しかし、合田さんの観察によれば、もしかしたらケエゾキスミレと見えたものもそんなに固定的なものではなくて、あるいは翌年はオオバキスミレのような姿に変わっているかもしれないというのです。目から鱗が落ちたような気がしました。達人の観察方法は違うものだなと思いました。
もうひとつ最近の出版の話です。「faura」という雑誌があります(http://nature.kitaguni.tv/faura/index.html)。北海道の自然を舞台に活躍するプロ写真家たちが作る季刊雑誌です。
2004年6月に出された04号に梅沢俊氏が「山に咲くスミレの仲間」を発表されています。フギレオオバキスミレ、エゾキスミレ、ケエゾキスミレと一緒にシソバキスミレの写真も載っています。それは夕張山地山麓の蛇紋岩地帯で撮られたもので、オオバキスミレのように背が高くてこんもりした大株になっています。これはオオバキスミレとシソバキスミレをつなぐミッシング・リンクみたいなものですね。
「日本のスミレ」の緑葉個体といい、大株のシソバキスミレといい、こういうものが見られるから自然は面白い。
北海道の自然をもうこれ以上壊さずに私たちのずっとあとの世代の人たちにもこの面白さを残しておきたいものです。
|
|
|