その20 2005.8.17

フチゲオオバキスミレの作戦

 今年の冬は長く雪の多い年でした。春の訪れも遅く、もうそろそろ良いはずと出かけてはみたものの、花の季節にはまだ早くがっかりして帰ってきた事もありました。体調を崩して遠出できない時期もありました。そしてあれよあれよいう間に季節は移り変わり、今は暑い暑い夏の真っ盛りです。

 御盆の一日、すこし涼しい一日を過ごそうと支笏湖で遊ぶことにしました。春の林床を彩った花たちは今は静かに実を結んでいます。ツバメオモトの瑠璃色の実が目立ちます。マイヅルソウは薄茶色のまだらの実です。花はといえばヨツバヒヨドリやヤマハハコなどの地味な花くらいで、カメラもさっぱり出番がありません。

 今回は黄色いスミレのことも忘れていました。ところがどうでしょう。スミレがたくさん咲いていたのです。フチゲオオバキスミレです。

 

 前にも書きましたが、私はフチゲオオバキスミレが本当に多年草なのか知りたくて、この写真の場所ではありませんが支笏湖の同じ場所に時々様子を見に行っていました。その際9月になっても地上部が枯れずに残っているものがある事は知っていました。でもまさかこの時期に花に出会えるとは思ってもみませんでした。

 遅くまで地上部を維持しているのは花が終わったあと閉鎖花を実らせて高い位置から種子をばらまくためなのだろうと思っていました。それが一昨日そこいらじゅうで返り咲きしているのを見てふと考えました。今咲いている場所は昨年北海道でも猛威をふるった台風18号によって被害を受けた場所に近く、この春から夏にかけて地上によく陽がさしこみ、シュートの先端を活性化して開放花を咲かせるスイッチがONになったのではないかと思いました。こういうチャンスを逃さないために丈夫な体を作っていたのかもしれません。

 ちなみに3年続けて同じ所で写真を撮って調べた答えは残念ながらよくわからないというものでした。といいますのは、2年目が不作で、その付近全体で開花も根生葉もごく少なく、3年目の今年は5月に見に行きましたが一転してとても豊作でそこいらじゅうにたくさん咲いていました。最初の年にチェックした十数株のうちちゃんと跡追いできたのは3株のみで、一つは花-地上部なし-花、二つ目は花-花-地上部なし、三つ目は根生葉-花-花、あとは2年目、3年目とも地上部がなかったかあるいは不明なものでした。たしかに3年連続して地上部を立ち上げた個体もあったようですが、何よりも、その付近のフチゲオオバキスミレ群落の様子が年によってダイナミックに変化して結局同じ一つの株が何年も生き続けるのかどうか調べるのは難しかったというのが実情です。

 上の写真も今回写したものですが、手前の方の株は実になっているものや、これから咲きそうなもの、すでに先端が失われたものまで全部で8本の花茎が見えています。この探訪記の15で今までに観察したフチゲオオバキスミレでは花の数は1花から4花で、6割近くが3花を咲かせると書きました。その観察は全て5月6月といった花の最盛期の計測です。フチゲオオバキスミレは他のオオバキスミレ類と違って、個体の能力と環境がマッチすればこの写真のようにその数はもっと増えます。この写真の個体の葉っぱらしきものは4枚しか見えませんが、実は拡大して見ますと中心部にごちゃごちゃと小さな葉が重なっているのがわかります。花茎は基本的に葉の脇から1本ずつ出ますので、花茎の数と同じだけ葉もあります。この個体では一番左の葉が、上部のかたまってある葉から一段離れてついていますので、おそらくその葉の脇にも最初に咲いた花の花茎がさらにあったものと思われます。

 ではこの個体の葉と花茎の数は9かといいますとそうとは言い切れません。今までに観察したどんなオオバキスミレ類も、葉の集合したまん中つまりシュートの先端に必ず花茎の原基と葉の原基がセットになって、それらがさらに小さな托葉に包まれるようにして存在しています。もっと詳しく言いますと、さらにその花茎の脇に次なるセットの原基も控えているという構造になっています。これからまだ夏が長引いて好天が続けば、まだまだ花あるいは閉鎖花をつけるかも知れません。

 支笏湖のフチゲオオバキスミレに何年か通ってみて、今回のように8月なかばでもまだ開放花をつけ続けるような例ははじめて見ましたが、閉鎖花をどんどんつけている個体もあまり多くないように思います。特にうす暗い林床に咲く個体などは閉鎖花さえもつける余裕もなく、花の時期を終えると早々に枯れてしまうようです。

 そんな個体は姿がオオバキスミレとよく似ています。茎も緑色をしていて、紫紅色のつぼみがなければ区別が難しくなってきます。

 一般にフチゲオオバキスミレは名前からしてオオバキスミレとは葉の縁に毛があることが区別点だという見方がされているようですが、北海道ではそれはあてはまりません。オオバキスミレで葉の縁に毛がないのが一般的なのは道南の松前半島の低地くらいのもので、あとはほとんど毛のあるのがあたりまえですから、これだけでは区別できません。むしろフチゲオオバキスミレの葉縁の毛の方が短くて肉眼では見えづらい事もあります。

 識別される場合には、蕾みの色と花茎の上部の粉状毛を確認される事をお勧めします。

 左の写真は別の機会に撮ったフチゲオオバキスミレの花茎の上部。ちょうど曲がり部分に白い粉を吹いたようなものが見えています。

 下は「ファーブル」という名の実体顕微鏡(20倍)に無理矢理デジカメを押し当てて撮影したもの。

 左側が上のフチゲオオバキスミレの拡大写真。右はオオバキスミレ。

 この粉状毛は北海道のオオバキスミレ類全体のなかで、フチゲオオバキスミレにしかありません。


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