その21 2006.6.28

アポイ岳のエゾキスミレ

 今年の5月と6月、二度アポイ岳に登りました。
一度目は花のシーズン幕開けの5月の下旬。
朝気軽に札幌を発って、登山口に着いて驚きました。駐車場に車があふれ、バスが何台も止まって、小学校や幼稚園の遠足とぶつかってしまいました。登り始めても長蛇の列の間にはさまれて写真を撮ることもままなりません。アポイ岳ではオーバーユースも問題になっており、子供たちが安全に登山出来る良い山がいくつもあれば良いのにと思いました。

 5合目からはようやく団体の前に出ることが出来て、花を見る余裕も出てきました。アポイタチツボスミレ、サマニユキワリ、アポイアズマギクなどが咲いています。馬の背を過ぎると展望も雄大になり足取りも軽くなりました。岩場に入ってヒダカイワザクラやお目当てのエゾキスミレがちょうど良く咲いていました。その日はテレビクルーも二つ入っていて、ヒダカソウの場所では「最後の一輪が咲いています、カメラを意識しないで見てやって下さい」などと通り過ぎる登山客に向かって呼びかけていました。

 6月に入っていよいよ花のシーズン真っ盛り。でもなんだか物足りない気分。つれあいに「もう一度アポイ岳に行きたいんだけど」と言うと、急に目がらんらんと輝きました。どうやら同じ思いだったのです。
 前回に懲りてさらに早く家を出ました。しかし山麓に着いて拍子抜けです。前日からキャンプしているような人はほとんどいないし、駐車場はガラ空きです。こんどこそはゆっくりと花見山行ができるようです。

 前半の樹林帯は木の葉も繁って薄暗くなり、エゾオオサクラソウ、フイリミヤマスミレの花はもうほとんど終わっています。替わってギンリョウソウやゴゼンタチバナ、ツマトリソウなどが点々と咲いています。5合目の監視小屋に至って様相が一変します。遮るもののない尾根道は前回よりもぐんと花が多いような感じがします。ヤマツツジの赤、ヒロハヘビノボラズの黄、エゾシモツケの白が道端をかざってにぎやかです。アポイタチツボスミレも歩道の石段の片隅でまだまだがんばっています。新たにチングルマ、ミヤマオダマキ,アポイクワガタ、ヨツバシオガマ、エゾタカネニガナ、ハクサンチドリなどが加わっています。
 岩場のヒダカイワザクラはすでに終わっていましたが、エゾキスミレはわずかに咲き残っていて、岩隙の中からまぶしい黄色の輝きを放っています。私も思わず笑みがこぼれました。

 アポイ岳は標高810mと子供でも登れる高さでありながら、アポイやサマニ、ヒダカと名のつく固有の植物など珍しい植物が多く見られます。その理由を、長年日高地方の植物を研究されてきた高橋誼先生が最近出版されたアポイ岳の植物図鑑のなかで詳しく書いておられます。この本は地元様似町の田中正人さんとの共著「アポイ岳の高山植物と山草」(アポイ岳ファンクラブ発行)。
 高橋先生はその要因を三つ挙げておられます。長い文章なので要約してみました。

 「その一つは地史的な要因。アポイ山塊は新生代第三紀のころからずっと陸地のままであったので古い時代の植物を温存する場所の一つとなったこと、特に第四紀の四回の氷河期に南下して来た北方系の植物が間氷期に逃げ込んで高山植物として残存していること。
 その二つは地質的な要因。アポイ山塊は植物の生育に不適なカンラン岩が大規模に地表に露出していてそれに耐えられる限られた植物だけが適応して生きており、植生の遷移もストップしていること。
 三つ目は気候的な要因。夏は海霧、冬は少雪で気温や地温が低く、植物は耐寒性が要求されること。」

 このような要因が重なりあって、アポイ山塊に特殊な植物の多いお花畑ができあがったのでしょう。さらにそこに生育するひとつひとつの種ごとにその由来を見てみますと、ヒダカソウやエゾコウゾリナなどの植物は古い時代にアポイ山塊に入り込んでカンラン岩に適応し種分化した遺存固有種だと言われています。アポイタチツボスミレ、サマニユキワリ、アポイアズマギクなどは母種となるアイヌタチツボスミレ、ユキワリソウ、ミヤマアズマギクが道内のあちこちに分布していて、比較的新しい時代にアポイ山塊のカンラン岩地に侵入して適応・変形した植物だと言われています。またハイマツ、チングルマ、ヨツバシオガマなどのいわゆる高山植物は氷河時代が終わりを告げるとともにカンラン岩地に適応したものが生き残ったのだと言われています。
  エゾキスミレもアポイ山塊に生育する特殊な植物のひとつです。日高山地からアポイ山塊まで広く分布する母種のケエゾキスミレに形はそっくりですが、葉質が厚く、光沢のある濃緑色で、裏面が紫色を帯びています。この光沢があり、厚く、紫色という特徴は、同じアポイ岳に生育するアポイタチツボスミレの特徴でもあります。
 カンラン岩と蛇紋岩をあわせて超塩基性岩といいますが、夕張山地の蛇紋岩地にのみ生育するシソバキスミレも名前の由来が葉の裏がシソ色をしているからというとおり、光沢があり、厚く、裏面は紫色という特徴をもっています。シソバキスミレの母種はオオバキスミレと言われています。
 くしくも3種類のスミレがともに超塩基性岩地で同様の変形を受けて北海道固有の種や変種として生まれ変わったということになりましょう。アポイ岳のお隣のえりも町にもエゾキスミレが知られていますが、これもまたカンラン岩地に生育していると言われています。

 ケエゾキスミレとエゾキスミレの葉の形を比べてみました。一番大きな葉(第一葉)の巾を長さで割った値(葉巾/葉長×100-100)の平均値を出してみました。ケエゾキスミレは -32.8(標準偏差8.9)、エゾキスミレは -34.9(9.6)でオオバキスミレの -22.6(9.1)とは大きく異なってます。面積的にはケエゾキスミレの方が平均すると大きくなるのですが、葉の形はほぼ同じと見て良いのではないでしょうか。

 今年の6月、道北のオオバキスミレの産地を訪ねました。すでに花の時期は終わりかけていたのですが新しい産地も一ヶ所見つけました。以前花の時期に訪れたことのある場所へ行ってみて驚きました。葉っぱがその時に比べてぐんと大きくなっていたのです。それら二ヶ所ともまさにオオバキスミレという名のとおりのありようでした。

 そこで今回の2度目のアポイ岳では5月に比べてエゾキスミレの葉っぱの大きさが違っているかどうかということも注目点でした。ついでにアポイ岳下山後足を伸ばしてえりも町のケエゾキスミレの産地も覗いてみました。
 以前、日高山地北部低地のケエゾキスミレを一鉢作って観察したときからどうもそうらしいと思っていましたが、エゾキスミレもケエゾキスミレもどうやら花後の葉の大きさの変化はそれほどなさそうだという印象を受けました。

 北海道のオオバキスミレ類全体ではどうなのでしょうか。また新たな課題が生まれてしまったようです。

5月のエゾキスミレ

 岩隙から顔をのぞかせる。この輝きがなんとも言えない。  盗掘や踏みつけで登山道の近くでは岩の隙間のものだけが残っているといいます。

 葉が小さいので相対的に花が大きく見えます。花弁の裏側には紫紅色はありません。  アポイ山塊の岩礫地では生育できる植物が限られるので植被より地面のほうが目立ちます。

 温暖化か酸性雨の影響か、この50年間にハイマツやキタゴヨウなどが増えてお花畑は縮小しているのだそうです。叡智を集めて対策を講じてほしい。  200mm相当の望遠で遠くの岩場を撮ってみました。みな仲良く同じ方向を向いています。カンラン岩の風化砂礫地が一番の住処のようです。

 6月のエゾキスミレ

 茎から花柄に至るまで見事に紫紅色に染まっています。第一葉と第二葉の間は離れています。  葉の緑色が濃く、艶があります。この個体も葉が輪生していません。ケエゾキスミレとも相当のへだたりを感ずる独特の雰囲気があります。



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