その23 2006.9.10

道南のオオバキスミレ類

 2006年の春一番も道南で迎えました。
 函館山にかつてオオバキスミレが生育していたという確かな情報を得て、どのような場所であったのか、まずは様子を見に行きました。函館山というと小さな山だとばかり思っていましたが、実際に歩いてみると結構奥深くて、多様な環境があり、今そこにオオバキスミレが咲いていても何の違和感もないと私には思えました。

 戦時中、軍の要塞が造られそれがかえって山全体の自然を保つという皮肉がありました。戦争が終わって解放された山に初めて植物の研究者達が入った頃はどれほど素晴らしい花の山であったことか。「函館山の植物」を著した大野林二郎先生は、その後の開発や盗掘でスミレの種類も激減してしまったと書かれています。
 私の初めての函館山はスミレサイシンなど6種類のスミレとの出会いがありました。そしてそれは半年間待ちわびた今年初めてのスミレでもあったのです。

 函館山を後にして私とつれあいは次なる目的地亀田半島へと向かいました。その日は天気が良く、高台に登ると下北半島がぼ〜っと霞んで見えました。

 その下北半島と向かい合うあたりの、まだ一度も入ったことのない川沿いの林道に入ってみました。3キロ程も遡ったでしょうか、道路脇の斜面に特徴ある黄色い花を見つけました。車を降りてそばに行ってみると、ありました。今年初のオオバキスミレです。蕾が赤いのでフチゲオオバキスミレです。すぐにルーペで花柄の紛状毛も確認しました。間違いありません。眼の前には10株ほどしか咲いていませんが、斜面を見上げると上の方にひとかたまり、さらに上方にも見えています。やはりフチゲはこのような斜面が好きなようです。

 しかし周辺はスギの植林地でこの場所も薄暗く山裾の方はだいぶ腐植も積もっていてフチゲにはどうも住みづらそうです。茎もほとんど紫紅色を帯びてはいません。根をつけて掘り採ってみました。するとどうでしょう、ちゃんと地下茎が伸びているではありませんか。地下茎についている根もそれほど太くありません。この場所の群落の様子からは地下茎で栄養繁殖しているようには見えませんが、腐植もあって湿り気も十分な場所では太い根を地下深く伸ばす必要もないし、地下茎を伸ばしてもっと陽の当たる場所へ移動しようとしているのかも知れません。ともあれ、それなりの環境ではフチゲオオバキスミレも地下茎を伸ばすことが分かったことは大きな収穫でした。

 さらに上流に車を進めてみました。1キロほど走ったところでこんどは川岸の氾濫原のような平地になにやら黄色い花が見えます。双眼鏡で覗くとオオバキスミレでした。さきほどのフチゲと違って大きな群落をつくっています。明るい河畔林の下はスプリングエフェメラルたちの見事なお花畑になっていました。ニリンソウ、キクザキイチゲ、カタクリ、フクジュソウ、エゾエンゴサク、エンレイソウ、キバナノアマナなどがオオバキスミレとモザイクをなして咲き乱れています。特にキクザキイチゲは白と青のふた色があって、それぞれがたくさん咲いていてそれはそれは見事です。川面はキラキラと輝き、遠くでは釣りをしている人も見えます。今何か釣り上げたようです。つれあいもこの場所がすっかり気に入ったようです。

 ここのオオバキスミレは基本変種オオバキスミレの方です。花柄に紛状毛はありません。花と葉の数も先ほどのフチゲより少なく、いかにも柔らかそうな花です。茎が紫紅色を帯びているものがあるのはよく陽が当たるからでしょう。

 今回の二種類のオオバキスミレを含めて、一度道南のオオバキスミレ類を整理してみたいと思います。
フチゲオオバキスミレは道南では亀田半島の4ヶ所で見つけました。そのうち3ヶ所は同じ流域内でオオバキスミレと共存していました。そして3ヶ所とも交雑している様子は見られず、それぞれのアイデンティティーを主張していて、どちらなのか判断に困るようなことはありませんでした。これはやはり以前にも書きましたように、それぞれが独立した存在で、なおかつ亀田半島に分布するようになった歴史も異なっているように思われるのです。

 オオバキスミレは亀田半島では6ヶ所で見つけました。函館山にあったというオオバキスミレもこちらの方だったと思われます。

 残りの15ヶ所も含めて、道南全体のオオバキスミレを「毛深さ」という指標を通してながめて見たいと思います。毛があるかどうか、毛が長いか短いか、どんな毛が生えているのか、ということがオオバキスミレでは見分けの重要なポイントとされています。そこで私は観察し始めた当初から、毛に関心を持って、各地のオオバキスミレ類の花茎の一番大きな葉っぱ(第一葉)の毛深さをルーペで観察して記録してきました。見る所は葉の表面と裏面、葉縁、葉柄の4ケ所です。葉面については、まったく毛がないのは1点、ほとんどなしが2点、葉縁に近い葉脈上にトゲ状の毛がまばらにあれば3点、葉縁に近い葉脈上にトゲ状の毛があれば4点、全面の葉脈上にトゲ状の毛があれば5点、葉縁に近い葉脈上に毛があれば6点、全面葉脈上に毛があれば7点。

 葉縁については毛がないのが1点、ほとんどないのが2点、微少な突起があれば3点、トゲ状の突起があれば4点、トゲ状の毛があれば5点、毛ありが6点、毛が密生が7点。葉柄は毛がなしが1点、ほとんどなしが2点、毛ありが3点。というようにまことに主観的で多少恣意的な感もある分け方ですが、微妙な違いをなんとか分類をして点数をつけてきました。それらの数字を合計するとまあ全体として「毛深さ」の尺度にはなっているのではないかと思っています。

 最高点は24点、どこにも全く毛がなければ4点となります。道内全体で、今までの最高は20点で、4点のものは全体の約17%ありました。

 それぞれの地点の計測した個体の平均値を地図に表してみたのが右の図です。(私の主観的な判断でフギレオオバキスミレとしたものは除いてあります。)

 本州のオオバキスミレについては全く知りませんが、毛がないことがオオバキスミレの一つの特徴とされています。本州と北海道のオオバキスミレの分布的なつながりを考えると、「毛深さ」については松前半島のものがやはり連続的であり、亀田半島に至るに従って徐々に「毛深さ」が増しているというふうに読み取る事ができるのではないでしょうか。また同所的に存在するフチゲオオバキスミレについては「毛深さ」についてもやはり基本変種オオバキスミレとは隔絶したものと言えるのではないでしょうか。

スギ林の中で見つけたフチゲオオバキスミレ 2006.5.3

河畔林で見つけたオオバキスミレ 2006.5.3



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