その25 2007.1.18

根生葉のはなし

  今年の冬は暖冬で正月だというのに家の周りには雪がほとんどありません。雪かきらしい雪かきもなくて楽で良いのですが、これが温暖化の一端だと したら心配なことです。

 以前「探訪記その12」で地下茎の不思議について書きました。今回の探訪記はそれの続きのようなものです。我が家の軒下にオオバキスミレ類の鉢植 えが2つほど埋めてありますが、この暖冬で顔を出していたので、正月休みに掘り出して地下茎の先の冬芽を観察してみました。図1はオオバキスミレの冬芽の 一つを顕微鏡の下で解剖しながらその途中経過をスキャナーで記録したものです。

図1


 下の図2は図1の冬芽の部分を模式的に描いてみたものです。春になって花茎や根生葉が伸びるとしたらこのようになるのではないかという想像図で す。

模式図

 たくさんの冬芽を分解してみました。オオバキスミレの冬芽は3年前の「地下茎の不思議」と同じように、丸い芽の中にまた丸い芽、その中にもまた芽 と何重にも入れ子構造になっていました。一つ一つの芽は一枚の葉の腋にあってその葉の二つの托葉に包まれた姿というのが基本になっています。外側から数え て一重目、二重目の托葉などはその形からにして包み込み専門に特化していて、その托葉とセットになっている葉が退化して貧弱なものだったり、芽でさえも中 身の見当たらないぺちゃんこの袋状のものだったりします。本当に伸びる地上茎や根生葉を凍結から守るために、そこにある材料をうまく利用しているオオバキ スミレのたくましさを見た想いでした。広葉樹木の冬芽の芽鱗と相通じるものがあると思いました。

 地下茎のような構造は一般にシュートと呼ばれていますが、先へ先へと伸びてゆくシュートの先端はこの模式図で言えば第二の芽の中に隠されていま す。つぼみをつけた地上茎の部分は、シュートについた一枚の葉の腋から出る子供シュートということになります。

 私がいつも不思議に思うことは、オオバキスミレ類では、この地上茎、根生葉、第二の根生葉、さらには第二の芽、これらのうちどれが雪解けとともに 成長するかは、前年の夏までにはすでに決まっているのではないかと思えることです。

 図1で最初に現れる根生葉(図2の第二の根生葉)を未発達のと書きましたが、これはたくさん解剖した冬芽の中には、はっきりとした緑色をしていて もっと大きく、赤い丸い芽の部分を覆うように発達した状態で見られるものがたまにあるからです。

 オオバキスミレはもしかしてその場所の環境によって翌年花を咲かせるのか、根生葉だけにするのか、それとも両方を地上に出すのか決めているのでは ないかと私には思えるのです。

 またとんでもない遅い時期に貧弱な根生葉を広げている鉢植えを見たことがあります。花が終わった後も良く陽が当たったり、最初に伸ばした地上部が なんらかの原因で失われたりした時に、第二の芽や腋芽などの成長スイッチがオンになるのでしょうか。

 今までに実際に物差しをあてて計測をしたオオバキスミレ類の数は1163。そのうち花をつけた地上茎が920、葉だけの根生葉が243です。一ヶ 所平均、地上茎が7、8点、根生葉が2、3枚程度だと思います。地上茎は適当に花だけ見て選んでいるのですが、920株のうちもう一本地上茎がくっついて いるものが4株ありました。また根元に根生葉が一枚くっついているものが39株、根生葉が2枚ついているものが1株ありました。計測をしようと思ったとき には根元は見ていませんので、ある程度自然の状態を反映しているのではないかと思います。根生葉がいっしょに付いているものの割合がただの4.3%しかな いということは、付かないのが普通ということだと思います。

 そしてオオバキスミレ類の群落の中で、以外と多いのがただ根生葉一枚だけのものです。(243のうち根元からもう一枚小さめの根生葉が出ているも のが10株ありました。)花をつけている株がぽつりぽつりしかなくて、あとは根生葉ばかりということもけっこうあります。つまり、オオバキスミレの冬芽は 常に根生葉と地上茎のセットで成り立っているのですが、春に伸びてくるのはほとんどの場合そのどちらかなのだと思います。


 いままでの探訪記は全て地上茎の花や葉にのみ焦点を当ててきました。今回は趣を変えてもう一方の根生葉にもスポットライトを当ててみました。調べた根生 葉の数が243と書きましたが、これは地上茎を調べるついでにその場所で必ず2、3枚程度の根生葉についても調べたものということです。したがってここで 根生葉と地上茎の第一葉の形などを比較してみるのも意味があるのではないかと思います。



葉長mm 葉巾mm 巾/長%-100 毛深さ 欠刻の度合い%
エゾキスミレ 茎生葉 43.4 28.1 -34.9 4

根生葉 33.5 24 -27.5 4
ケエゾキスミレ 茎生葉 56.2 37.4 -33.9 12.3

根生葉 55.3 45.2 -18.2 11.6
オオバキスミレ 茎生葉 63.8 49.1 -23 8.4

根生葉 64.5 60.1 -6.3 8
フチゲオオバキスミレ 茎生葉 64.1 55.6 -13.7 12.4

根生葉 62.9 63.9 -0.4 11.6
フギレキスミレ 茎生葉 73.9 67.6 -8.3 13 4.7

根生葉 76 86.1 12.9 13.1 9.1
フギレオオバキスミレ 茎生葉 73 78.5 6.7 11.8 13.6

根生葉 74.4 100.7 35.9 11.7 23.9

 値はいずれも平均値です。茎生葉と根生葉ではもともと葉柄の長さがまるで違いますから別のものなわけですが、今回こうして表にしてみますととても 面白い傾向が現れました。(エゾキスミレはサンプルが少ないので少し違っていますが)いずれも葉の長さが変わらないのに幅だけが広くなっていることが分か りました。当然ながらその分面積が広くなっています。光合成の稼ぎ役としての役割だからでしょうか。葉にギザギザのあるフギレキスミレとフギレオオバキス ミレは両方とも根生葉の方が欠刻の度合いが大きくなっていました。やはり横に面積を広げることと、切れ込みが深くなるということは関係しているのではない でしょうか。(欠刻の度合い、巾/長%-100についてはそれぞれ探訪記の24と10をご参照下さい。以前のページとの数字の違いはその後の計測が加わっ ているためです。)


浜益のフギレオオバキスミレ、根生葉と地上茎が両方出ている 2006.5.14

えりものケエゾキスミレ、根生葉がたくさん見えています 2005.5.15

道北のオオバキスミレ 2006.6.3

ニセコのフギレオオバキスミレ 2005.6.12



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