その27 2008.1.5
昔のことはもう霞がかかったように、記憶がさだかではなくなってしまいました。初めて暑寒別岳に登ったのはいつのことだったでしょうか。オオバキスミレを探し始めてからは、2007年が3度目の登山です。
最初が山の神コース、前回と今回が箸別コースです。前2回の登山で登山道沿いのフギレオオバキスミレの様子はだいたい分かったので、今回はただ黄色いスミレに逢いたくて出かけたと言うわけなのです。
2007年7月最初の日曜日、いつものようにつれあいとの二人旅。
登山口の駐車場はタケノコ採りの車も含めて満車状態でした。よく整備された平坦な登山道がほとんど直線的に暑寒別岳に向かっています。時々見える山頂部がだんだん大きくなってゆきますが長い長い道のりです。標高差で1000m、片道10kmもあります。
5合目付近で初めてフギレオオバキスミレの群落が現れます。花は終わりかけていますが、まだきれいに咲き残っているものもありました。その後何度も道の両脇に大きな群落が現れて楽しませてくれます。しかし、花は道路脇に限られていてあまりササの中には入り込んではいません。近くの沢地などにあったものが道が開かれたことで進出してきたものと思われます。
7合目には大きな残雪が残っていて、そこを登ってゆくとがぜん展望が良くなり、海も見えてきます。
雪渓を登りきると周りはお花畑です。シナノキンバイ、エゾノハクサンイチゲ、チシマフウロなどが咲いています。そしてそれら大型の花々に埋もれるようにしてフギレオオバキスミレもたくさん咲いています。
高度はすでに1300m。山頂まであと標高差200mです。このあとルートは頂上から北北東に派生するなだらかな尾根へと導かれてゆきます。冬の日本海を渡ってくる季節風がこの尾根を越えてゆくときに稜線の東側にたっぷりと雪を置いてゆきます。
それが7月になっても白い帯のように残っているのです。稜線から西側はハイマツ群落で、東側の残雪との間がずーっとお花畑になって山頂まで続いていて、ルートはそこにつけられています。
ハイマツ群落の側ではウコンウツギやキバナシャクナゲ、ミツバオウレン、コケモモなどが現れ、雪渓の近くではチングルマやミヤマキンポウゲが見られます。そして冬に吹きさらしになるような所には、ウラシマツツジやエゾツツジ、イワウメ、ミヤマアズマギクなどが出てきます。
そして驚いたことに、暑寒別岳のフギレオオバキスミレはそのどの群落にもちゃっかりと入り込んできているのです。ミヤマハンノキの下などおだやかな環境では背が高く大きく、風衝地近くでは他の草に合わせて小さくなっています。あまり極端に裸地の目立つところや、ハイマツの中の薄暗いところなどには見られませんが、花の多い草原ではどこまでもしつこく顔を覗かせています。
この山では、フギレオオバキスミレはすっかり高山植物の仲間入りをしているようです。
もちろん、何と言っても豊富な残雪の周辺が生育も良いし、生育の中心地であることに違いはないようですが、そこだけに留まっていないでかなり厳しい環境にも負けないで進出するバイタリティーと可塑性がこの花にはあるようです。
それでは暑寒別岳のフギレオオバキスミレは、高山帯に多いいわゆる「高山植物」かといいますと実はそうではありません。
暑寒別岳のもう一つの登山ルート山の神コースは、増毛町から暑寒別川に沿って10数km遡ったところに登山口があり、整備された駐車場とすてきな山小屋があります。平地の雪も消え、沢沿いにカタクリやエゾリュウキンカが咲く頃、何度かここを訪ねたことがあります。まだ山は真っ白なので登山者の車もまばらです。
その年々の雪解けの時期によってずれがありますが、五月のある時期だけ、そこに至る車道のわきが、何キロにもわたって黄色いスミレに彩られます。タンポポのように延々と続いているというわけではないので車ですーっと通り過ぎると何にも見えないかもしれません。やはり花を愛でるには歩かなければなりません。登山口から歩くのではなくて、登山口まで歩くなどという物好きはあまりいないでしょうが。
この時期はフギレオオバキスミレがこのあたりの植物の主役として光り輝いています。エゾオオサクラソウの赤やエゾイチゲの白も目立ちますが、この時だけは引き立て役です。
春早く暑寒別岳を盟主とする増毛山地の山裾のそちこちでフギレオオバキスミレが咲きます。私が見たものだけでも大まかな地点で9ヶ所にもなります。その中でもこの山の神の群落は、その広がりでも、気楽に見られる点でも群を抜いていると思います。
今回の探訪記では暑寒別岳の高地と山裾、両方のフギレオオバキスミレを写真で紹介していますが、注目していただきたいのはその葉の形です。高地のものは平均して大きく、左右へ広がり、切れ込みも深くなっています。低地のものは平均してオオバキスミレの形に近づき、切れ込みより飛び出しと言った方が当たっているものが多くなります(「探訪記 24」の当別町のものと似ています)。ただ根生葉の方が、同じ場所に生える茎生葉よりも切れ込みが深く広がりも大きい傾向にあるのは、「探訪記 25」に書かれたとおりです。
暑寒別岳の登山道は両方とも、途中乾いた溶岩台地の上につけられていますので、フギレオオバキスミレの出現は途切れます。従って連続的な変化は見られず、その両端のみが姿を見せているのだと思われます。
今の所、私の関心は、さらなる周辺部にもっとオオバキスミレに近い形のものが見つからないか、地図を眺めては夢想しています。
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