その3 2004.3.31

私の“お気に入り”の文献を年代順に!

●菊地政雄(1950):岩手県のスミレ, 岩手大学学芸学部研究年報 1, p.70〜87
 岩手県スミレ研究小史、岩手県産スミレ属の再検討、岩手県産スミレ属総目録とおおまかに三部構成になっており、内容は詳細を究めています。そして書かれてから50年以上経ていますが、少しも色あせない名文だと思います。この論文の中でフチゲオオバキスミレの記載がなされています。その前置きに「岩手の海岸地方にオオバキスミレの1品があって早くより注意していたが、しっかりした特徴をつかむことが出来ずに今日に至っている。最近当学々生猪苗代正憲君が詳しい観察をなして、葉縁に細毛があり茎や葉柄、花梗の上部に極めて細かい毛(粉状毛)のあることに於て母種より區別し得ることを明かにせられた。よって筆者は文献に照し新変種たるべき要徴と認めたるを以て茲に新変種として記載することにした。」と記されています。

●渡邊定元(1961):オオバキスミレとエゾキスミレの一群, 植物分類地理 Vol.19, p.23〜29
 北海道のオオバキスミレ類についての基本文献です。著者は北海道大学を出て、北海道営林局に入り、日高山系や大雪山系などの森林調査のかたわら、足下を飾る黄色いスミレに目を留めて、詳しく観察を行い、舘脇操教授の指導を受けて、この論文をまとめました。まだ27歳の時です。それまで、北海道の日本海側で知られていたオオバキスミレと日高山系のエゾキスミレは別々の種であるとされていたのですが、論文の一部を引用しますと、「諸形質のうちで、極端なものはオオバキスミレの変異のうちに入り、エゾキスミレを独立種と認めるのはむずかしい。そしてエゾキスミレ型の一群は裏大雪より夕張山脈・日高山脈にかけて分布し、オオバキスミレと生育地域が区別される(例外として石狩国白鳥山がある)。しかも分布域の接している夕張山脈では、山麓にオオバキスミレ型を、高所にエゾキスミレ型を産する。これらの諸点からみて、エゾキスミレを、オオバキスミレの内の地理的にまとまった群すなわち亜種とするのが適当であると考える。」と書かれて、二つの種を一つにまとめてしまったのです。今風に言えば、いわば吸収合併でしょうか。この見解は、その後の図鑑類の記述にも基本的に取り入れられて今日に至っています。著者はその後、本州での林野庁のお仕事などを経て、東京大学教授、富良野演習林長になられています。

●井波一雄(1966):『日本スミレ図譜』, 219pp, 六月社
 著者は日本にあるスミレ全種類を生品から描きたいと一念発起、77種類に達して一冊の図譜としました。大判でりっぱな本です。種毎の分布図も添えられています。私が室蘭市で腕白少年であった時代に、朝な夕なのあたりまえの風景であった室蘭岳に、フギレオオバキスミレを求めて浜栄助氏と二人で来道されていたことなど、もちろん知る由もありません。北海道に分布するオオバキスミレ類は20〜29ページまで見開き2ページに一種類ずつ5種類が載っています。

●橋本保(1967):『日本のスミレ』, 228pp, 誠文堂新光社
 「スミレの見どころ」と題して前川文夫東大教授の序文。「スミレの進化にふれて」、「世界のスミレ・日本のスミレ」、「スミレの形」、「日本のスミレ研究のあゆみ」、以上がいわば総説で、61〜157ページが各論とも言うべき「スミレの種類と解説」。以下、「スミレの雑種」、「スミレの旅ところどころ」と続きます。最後に「スミレを作る」と題して鈴木吉五郎氏の執筆。総説本論ともに内容は詳細かつ広汎であり、何度読み返してみても、そのたびに得るところがあります。オオバキスミレ類については63〜69ページにかけて書かれています。私はこの名著の続編が書かれんことをひそかに期待しているのですが。

●浜栄助(1975):『原色 日本のスミレ』, 280pp, 誠文堂新光社
 日本産スミレ属全種類と主な変種、品種、及び雑種についての美しい彩色図版と詳細な記載。全国の愛好家の協力のもとに作成された分布図、スミレ属についての総説、検索表などがあり、スミレの研究や同定に欠かせない資料です。A4版と大きくてただ見ているだけでも楽しい本です。13ページの「日本産スミレ属の分類と花柱上部の形態」一覧図はユニークで夢あふれてきます。オオバキスミレ類は104〜109ページに載っています。著者は1996年に亡くなられましたが、インターネットの復刊運動によってこの本の復刻増補版が2002年6月に刊行されました。

●伊藤浩司(1981):『北海道の高山植物と山草』, 230pp, 誠文堂新光社
 前半部は梅沢俊 氏の写真と著者の解説文による図鑑的部分。オオバキスミレ類は72〜73ページに5種類がでています。後半部は北海道の植物相や分布などについての総論部分。最後に分類のむずかしい植物の見分け方9項目が挙げられていますが、その一つとして197〜199ページにオオバキスミレ類が取り上げられています。私が山野草に興味を持ち始めた頃ちょうどタイミング良く出た本でした。梅沢俊氏の写真は単なる花の大写しではなく、生育環境をも含めた図鑑的写真であって、なおかつ一枚一枚見飽きることのない「なにか」を兼ね備えていると思います。大判なので山に持って行くことは出来ませんでしたが、幾度となく開いては眺め、とうとうボロボロになってしまいました。

●梅沢俊(1986):『北海道の高山植物』, 294pp, 北海道新聞社
 北海道の植物写真家として地歩を築かれた梅沢俊氏が初めて解説も手がけた植物図鑑です。コンパクトで登山のお供にぴったりの大きさです。オオバキスミレ類は28ページから30ページにかけて6種類掲載されています。梅沢俊氏の植物図鑑のすばらしい点のひとつは、撮影地及び、撮影日が書かれている所です。オオバキスミレ類のように変異に富んだ植物では特に、撮影地がなければ価値が半減してしまいますから。

●浜栄助(1987):『写真集 日本のすみれ』, 188pp, 誠文堂新光社
 著者と神山隆之、村田俊二、石井喜久雄、山田隆彦、伊東昭介、山田直毅の各氏が編集し、全国のスミレ愛好家などから写真を集めて作った本です。92〜95ページまで、本州のオオバキスミレ、ナエバキスミレ、ダイセンキスミレ、ミヤマキスミレ、フチゲオオバキスミレについて。115〜119ページが北海道特産のフギレオオバキスミレ、エゾキスミレ、ケエゾキスミレ、フギレキスミレについての写真と解説。選びぬかれたすばらしい写真がたくさん収められ、珍しいシロバナオオバキスミレの写真も含まれています。

●豊国秀夫(1988):『日本の高山植物』, 720pp, 山と渓谷社
 今高山植物の図鑑を一冊だけ選ぶとすれば、この本をお薦めします。いいお値段もしますが、ページ数が多く、サイズが大きいので絶対お得です。しかも内容が濃いのです。著者の豊国秀夫信州大学教授は残念ながら若くして他界されましたが、北海道に生まれ、北大理学部植物学教室を出られて、旭川の大学に長くおられました。従ってこの本にも北海道の植物のことがたくさん出てきます。オオバキスミレの仲間は318〜320ページに載っています。そして、特に「オオバキスミレの分類」と題して321ページのワンポイント・リサ−チで詳しく解説されています。写真撮影は梅沢俊・奥田實・木原浩・鈴木庸夫・永田芳男・村川博實の各氏、見応えがあります。山渓カラー名鑑シリーズの一冊です。

●片山千賀志・伊藤正逸(1993):『岩手のスミレ』, 142pp, 岩手日報社
 一つの県のスミレをまとめた写真集というのも珍しいと思います。しかも表紙の写真がとても見事に撮られたフチゲオオバキスミレなのです。94・95ページにオオバキスミレ、102・103ページにフチゲオオバキスミレが載っています。私はこの本で初めてこの2種類の違いを知りました。そして種類ごとに東北地方の分布図と岩手県内の詳しい分布図が描かれておりますので、それを見てさらに興味を深めました。北海道と共通する種類が多いし、珍しい品種や野性化した園芸種の写真もたくさん載っているのでとても参考になる本です。

●いがりまさし(1996):『日本のスミレ』, 248pp, 山と渓谷社
 山渓ハンディ図鑑シリーズの2冊目。花や葉などの各部分を鮮明な拡大写真で示して、写真で植物を見分けようという画期的なシリーズですが、この図鑑は、扱う範囲がスミレ科のみということもあって更にその趣旨が徹底しています。群落写真から雌しべの上面、側面、下面のクローズアップまで一種ごとに10数枚の写真で紹介してくれています。圧巻は難しい仲間の見分け方のページ。タチツボスミレだけで6ページもあります。1ページに比較のための拡大写真を並べると、その違いが歴然としてくるものだなーと感心してしまいます。そして、この図鑑の特徴は、なんと言っても、種の解説、各写真のキャプション、スミレ紀行などのコラム、すべてを写真家である著者が執筆していることです。従って読めば読むほど味が出てくるという図鑑なのです。オオバキスミレの仲間は14〜26まで13ページに渡って詳しく載っています。私はこの本を二冊持っていて、書棚に一冊、車に一冊と、いつも身近に置いて楽しんできました。

 2004年3月、増補改訂版が出ました。極東ロシアのスミレの話題など40ページほどが新たに付け加わりました。

●五十嵐博(1996):北海道におけるオオバキスミレ類の分布(予報), 北方山草 14号, p.27〜35
 私のオオバキスミレ探訪はちょうど十年になると最初に書きました。この論文が出たのがちょうどその真ん中に当たるわけですが、実は私はそれ以前は「まずはなれそめから」にもありますように、フギレオオバキスミレに魅せられてそればかり探し求めていました。94年に新聞で知った五十嵐氏にお手紙をさし上げ、通信によるご指導を受けることが出来ました。そしてこの論文によって私の興味はオオバキスミレ類全体へと広がったのです(広がったというと聞こえはよいのですが、それにしても数ある植物の中でただの1種なのです)。著者はこの論文でオオバキスミレ、フチゲオオバキスミレ、ミヤマキスミレ、フギレオオバキスミレの4種類について実際の確認に基づいて分布図を作成されました。特にフチゲオオバキスミレ、ミヤマキスミレというそれまで北海道内での分布があまりはっきりしていなかった変品種について初めて光を当てた論文であったと思います。

●梅沢俊・村野道子(1997):『北海道 初夏の花 絵とき検索表』, 57pp, エコ・ネットワーク
 手軽にフィールドに持って歩けて、よく似た植物を見分ける方法を絵で示した画期的な本。その26、27の見開きページが「黄色いスミレ」に当てられています。8種類のオオバキスミレ類と、広域分布種キバナノコマノツメと、オオバキスミレに極く近縁な種夕張岳のシソバキスミレの見分け方が出ています。イラストも親しみやすく、学名とフチゲオオバキスミレの写真も載っています。同じスタイルの本がその後二冊出版されました。三冊合わせてもせいぜい一冊分の厚さしかないので、ハイキングのザックに忍ばせていったりしています。


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