その30 2010.3.13

オオバキスミレのルーツを探る

 これまでの探訪記で私は、平地から高山まで、雪の多い日本海側から太平洋に面した岬まで幅広い環境に生き続けているただ一種類のスミレ、オオバキ スミレを訪ね歩いて来ました。
 ここで一度立ち止まって目を日本列島全体に向けますと、雪深い上越地方には変種ナエバキスミレ、鳥取県などの山地には変種ダイセンキスミレ、そして富士 山のあたりから九州までのところどころに近い親類である別種キスミレが分布しています。いつの日かそれらの近しい仲間たちをも訪ね歩きたいという願望がふ くらんできている今日この頃です。

 そこでまずは一足飛びに、本やインターネットによって世界中のオオバキスミレの親類たちを訪ねてみようと思いつきました。
 まず最初の足がかりは橋本保著『日本のスミレ』1)です。ちょっと長くなり ますが以下引用させてもらいます。

「キスミレ類
 北アメリカ大平洋側に多く、南はメキシコ南部まで分布する黄花系の美しい一群です。世界に約30種、アジアにも8種を産し、その西端ははるか西のブハラ (ウズベク)までおよぶウィオラ・アクティフォリアViola acutifolia W. Bckr.があります。
 メキシコ中部に産するウィオラ・バロエタナV. Barroetana Schaffnerを除いて地上茎があり、花はふつう黄色、まれに白色、上弁の外側にはしばしが紫かっ色のすじがはいります。唇弁の距は短く、半球形、托 葉は葉柄から離れたように着き、花柱はボーフラ形で両側に毛があることなどが特徴です。染色体数は六の倍数で、つぎのキバナノコマノツメ類とともに今まで 知られているスミレ属の中では最小数つまり体細胞染色体十二本の種が多数含まれます。北半球のスミレ属の中で原始的な群とする見方があります。クラウセン の著書『植物種の進化における段階』(一九六二)の中ではキバナノコマノツメも同じ節とされ、ジャーショイ(Alexander Gershoy)のデータによって、キバナノコマノツメとこの節のルグローサ種V. rugulosa Greeneとが雑種を作り得ると引用してあります。
 日本には四種知られていますが、高山帯に多く(写真24)その中でもオオバキスミレは変化に富んでいます。これと似たグラベラ種V. glabella Nutt.はアラスカを中心にカリフォルニアまで分布し、アジアでもカムチャッカ半島と千島のウルップ島で、古く採集された記録があります。しかし日本領 であった時代の千島では、だれも見た人がないので、すなおに信じがたい気がしてなりません。いっぽう目を西に転じますと、シベリアのアルタイからトランス バイカルにかけて主に分布するシベリアキスミレV. uniflora L.もごく近縁の種で、ウスリー、満州、北鮮にあるコウライキスミレV. muehldorfi Kissを介して、オオバキスミレと結び得ると著者はみています。シベリアキスミレ、コウライキスミレ、オオバキスミレは共通の上種(スーパー・スピシー ズ)と考えてよいでしょう。」

 この文章は世界のオオバキスミレの仲間についてまことに簡にして要、お釈迦様の手のひらのように、あとあと読み直す度にここに書かれていることか ら一歩も踏み出すことが出来ていないことを思い知らされます。
 この文章中にも何種類か名前が出てきますが、世界に約30種があると書かれています、ほかにはどんなスミレがあるのでしょうか。もう一つ橋本保さんの書 かれた資料を見てみることにします。
 『日本のスミレ』から20年後『園芸植物大事典』2)でスミレ属を担当され た橋本さんは以下のように書かれています。
「スミレ科。スミレ属は世界に450種ほどが知られているが、その分布域は広く、南北両半球にわたっているために、その分類体系は今日なお完成していな い。ジャンジャン(F. C. J. Gingins de Lassarez, 1824)は花柱の形態にもとづいてスミレ属を5節に分類したが、その100年後ベッカー(W. Becker, 1925)はさらに広範な資料によって14節に区分した。この分類に対しては部分的な批判もあるが、世界的視野での包括的な分類として、ベッカーをこえる 研究はまだ現れていない。」としてその14節にシレトコスミレ節を加えた15節を列挙解説されています。
 「キスミレ節〔sect. Chamaemelanium〕有茎。花は黄色で距は短い。花柱の先端は球状にふくらみ、両側にひげのような毛がある。この節はアジアと北アメリカに約 30種が知られ、日本には種としては4種が分布する。→ V. alliariifolia, V. brevistipulata, V. orientalis, V. yubariana」
 ここでオオバキスミレの親類たちはChamaemelanium節と呼ばれていることが分かりました。ちなみにクラウセンによって同じ節にまとめられた キバナノコマノツメ節〔sect. Dischidium〕は、この本では「花は黄色で上側の4片が上向きに開く。花柱の先は左右に耳状の突起がある。…」として分離されて扱われています。 キバナノコマノツメやタカネスミレを除いた分類の方が私の想像する親類像としてはしっくりきますので、その方向で探索することにしました。

 次はインターネットの出番です。GoogleでChamaemelaniumと検索したら一発で分かるかなと思いきや、約628件がヒットします が、ひとつひとつ見て行きますと実際は70件しかなく、そのなかにも同じデータが別な形で何度も採りあげられていて、節のメンバーを列挙したものはチェコ の非営利プロジェクトBioLib 3)しかありませんでした。
 そこではViola sect. Chamaemelanium Ging. として30種が挙げられています。しかし肝心の V. brevistipulata が載っていなかったり、V. bifloraなどのキバナノコマノツメ節のメンバーも混じっていますのでこのなかから取捨選択をしなければなりません。
 またGoogle検索及びGoogle Scholar検索でChamaemelaniumという単語を含むいくつかの論文がヒットします。誰でも読める公開論文と、会員登録や課金を伴う論文が ありますが、公開されているもののほとんどと、料金制の論文をふたつほどダウンロードして親類のことが出ていないか調べました。

 ジャンジャン(Gingins)の文献とはド・カンドル(Augstin Pyrame de Candolle)編著『Prodromus systematis naturalis regni vegetabilis』第1巻(1824)のことです。これはBiodiversity Heritage Libraryで公開 4)されていました。
 ジャンジャンはここでViola属を担当し、三番目の節として新しくChamaemelaniumを建て、柱頭は頭状の偏球形で両側に柔毛が束生、横向 きの微少な小孔を持つこと、花柱は扁平な棍棒状をしているということなどの特徴を記載しました。その元に、V. tripartita、V. nuttallii、V. hastata、V. canadensis、V. pubescens、V. eriocarpa、V. uniflora の7種を挙げました。6種が北アメリカ、最後のV. unifloraのみがシベリア産です。Chamaemelanium節のスミレは当時はまだそのほとんどが認識されていなかったのです。

 時代は進んで100年後。ベッカーはエングラーとプラントル(A. Engler und K. Prantl)の『Die nat・rlichen Pflanzenfamilien』第21巻(1925)5)で スミレ属を担当します。この文献もいろいろな巻号がインターネットで公開されているのですが、残念ながら21巻は見つかりませんでした。北海道立図書館に 問い合わせたら、我が家に近い北海道大学図書館に実物が収蔵されていることを教えていただき、さっそくコピーをいただいてきました。
 ベッカーはここで、世界のスミレ属を柱頭の形などをもとに14の節に分け、いくつかの節では形態の特徴をもとにさらに細かく下位分類しました。 Chamaemelanium節においても、A. 全く無茎のものメキシコに1種。B. 最初は無茎に見えるがやがて多数の茎が出、単葉のもの、北アメリカに4種。C. 初めは無茎で複葉のもの、北アメリカに5種。D. 茎が直立してよく伸長し茎の下部には葉を欠き、根生葉があるもの、北アメリカに8種、アジアに4種。E. 匍匐茎のものメキシコに3種。
 ベッカーはこのうちD を葉の着く位置などによってさらに3つの下位グループに細分しています。a. 葉が茎の上部に集中し、そのほかに茎の中央付近に一個の葉をつけるもの、トルキスタンに1種。b. 茎の上部にのみ葉をつけるもの、アジアに3種(このうちの1種が日本のV. brevistipulata )北アメリカに5種。c. 茎の下部にも葉があり、花が白いもの、北アメリカに3種。
 ベッカーはここで計25種を挙げていますがそれでもこれは当時記載されていたこの節の全種類ではなかったようです。

 いろいろな文献とインターネットからChamaemelanium節とされている種の名前を出来るだけ書き出しました。その次はそれらのスミレが いったいどんな花なのか、本当に親類なのか調べる番です。
 これにはもっぱらインターネットが活躍します。花の名前をもとに世界中からその写真を集めます。カナダ・アメリカに広く分布するV. canadensisのようにたくさんの画像があふれているものについては、全体像、花の姿、柱頭、距、花弁の裏側などまんべんなく写真を集めることがで きます。しかしどのように探しても写真が全く見つからなかったものも4種ありました。そこで思いついて、世界の大学や植物園の標本庫 (Herbarium)から標本画像を集めることにしました。連日世界の標本庫を訪ね歩いて100点以上の標本画像を集めることが出来ました。この標本庫 探訪だけを取り上げても非常に興味深かったので先に別のブログにして書いてみました。6)
 しかしまだ標本画像が見つけられない種も10種ほどあります。
このようにして写真、標本画像を集め、キバナノコマノツメ類(Dischidium節)など違っていると思われるものを省き、北アメリカのものはUSDA (米国農務省)のPLANTS Database 7)を基本にして名前(Synonym)を統一してまと めました。
 このようにして作ったのが以下の表です。全部で37種です。

V. barroetana Mexico Viola barroetana W. Schaffn.(1879)
V. nuttallii 北米西部〜中部 Viola nuttallii Pursh var. bakeri (Greene) C. L. Hitchc.(1961)
V. pedunculata 北米西部 Viola pedunculata Torrey & A. Gray (1938)
V. praemorsa 北米西部 Viola praemorsa Douglas ex Lindl.(1829)
V. purpurea 北米西部 Viola purpurea Kellogg(1855)
V. beckwithii 北米西部 Viola beckwithii Torr. & A. Gray(1857)
V. chrysantha 北米西部 Viola chrysantha Hook(1837)
V. hallii 北米西部 Viola hallii A. Gray(1872)
V. sheltonii 北米西部 Viola sheltonii Torr.(1857)
V. trinervata 北米西部 Viola trinervata Howell(1886)
V. bakeri 北米西部 Viola bakeri Greene(1898)
V. cuneata 北米西部 Viola cuneata S. Watson(1879)
V. douglasii 北米西部 Viola douglasii Steud.(1841)
V. flettii 北米西部 Viola flettii Piper(1898)
V. lithion 北米西部 Viola lithion N. H. Holmgren & P. K. Holmgren(1992)
V. lobata 北米西部 Viola lobata Benth.(1849)
V. orbiculata 北米西部 Viola orbiculata Geyer ex Holz.(1895 )
V. sempervirens 北米西部 Viola sempervirens Greene(1899)
V. vallicola 北米西部 Viola vallicola A. Nelson(1899)
V. ocellata 北米西部 Viola ocellata Torr. & A. Gray(1838)
V. glabella 北米西部 Viola glabella Nutt.(1838)
V. canadensis 北米西部〜中部〜東部 Viola canadensis L.(1753)
V. rugulosa 北米西部〜中部 Viola rugulosa Greene(1902)
V. hastata 北米東部 Viola hastata Michx.(1803)
V. pubescens 北米東部 Viola pubescens Aiton(1789)
V. tripartita 北米東部 Viola tripartita Elliott(1817)
V. rotundifolia 北米東部 Viola rotundifolia Michx.(1803)
V. acutifolia Asia Viola acutifolia (Kar. & Kir.) W. Becker(1915)
V. uniflora Asia Viola uniflora L.(1753)
V. brevistipulata Asia Viola brevistipulata W. Becker(1916)
V. fischeri Asia Viola fischeri W. Becker(1916)
V. muehldorfii Asia Viola muehldorfii Kiss(1921)
V. orientalis Asia Viola orientalis (Maxim.) W. Becker(1915)
V. yubariana Asia Viola yubariana Nakai(1922)
V. flagelliformis Mexico Viola flagelliformis Hemsl.(1879)
V. latistipulata Mexico Viola latistipulata Hemsl.(1879)
V. painteri Mexico Viola painteri Rose & House(1905)

 ところでインターネットからダウンロードした文献には近年のDNAの塩基配列に基づく系統学的研究論文もいくつか含まれています。そのなかでも特 に興味深かったのがBallardら(1998)の文献 8)です。
 アメリカ産の種が中心ですが世界のViola属の8つの節の43種を用いてDNAによる類縁関係を探る研究です。43種の中に11種の Chamaemelanium節(アジア産はなし)が含まれています。結果はChamaemelanium節は単系統にはまとまらず、11種はおおむね4 つのグループに分かれ、その間にNominium節の6種の一群を交えた多系統群となっています。
 この結果は、ジャンジャンやベッカーのまとめたChamaemelaniumという節が花柱や柱頭、距などの形態が共通しているまとまった親類と思われ たけれども、実は一筋縄では行かないなかなか複雑な一群であるらしいということです。アジアの種も加えたChamaemelaniumのさらなる系統学的 研究が現れないものかと思います。

 37種の内訳はメキシコに4種。北米に26種。アジアに7種です。北米の26種は一覧表にも書きましたが、その分布域が概ね西部に偏るもの21種 と東部に偏るもの5種とに分けることが出来ます。USDAのPLANTS Databaseに種毎の州単位の分布地図が出ていますので、それに基づいて西部中心のものと東部中心のものとに分けて分布域の重なり具合を図示してみま した(図1)

 西部中心のものでは21種の内オレゴン州に17種、カリフォルニア州に16種、ワシントン州に11種などと海岸沿いの州に圧倒的に多くの種が集 まっています。
 東部ではV. canadensisが広い分布域を持って広がっていますが、その種も含めて5種すべてがジョージア州からオハイオ州にかけてのアパラチア山脈周辺に集 まっています。
 北米でこの両地域に種の多様性が飛び抜けて高くなるという現象は他の植物でも見られます。北海道の春を代表する花の一つオオバナノエンレイソウはスミレ と同じ時期に咲いて私たちの目を楽しませてくれますが、それを含むエンレイソウ属もまたアジアと北米にだけ分布する植物です。河野昭一編『世界のエンレイ ソウ』9)にアメリカのエンレイソウ属37種の分布域が図示されています。こ ちらはもっと極端に西部と東部に分布域が偏り、その場所もChamaemelanium節の多様性が高い地域に集まっています。
 また日本と北米に隔離分布することで知られるナガハシスミレの北米での分布域もやはり東部の同じ地域がその分布域です。
 河野昭一編『植物の世界 草本編(上)』10)でナガハシスミレの項を執筆 した森田竜義さんは次のように書かれています。「ナガハシスミレは日本列島以外ではポンと飛んで、北米東部のアパラチア山脈に出てくる。今から250万年 前(新第三紀)には、地球は暖かく、北極近くまで温帯性の落葉広葉樹林が広がっていたという。ナガハシスミレのような分布型をもつ植物は、そのころ北半球 北部に広く分布していたが、その後の氷河期に分布域を分断され、飛びはなれた地域に取り残されたと考えられている。」


 およそ7万年前に始まり1万年前に終了したといわれる最終氷期(ウィスコンシン氷期)には北アメリカ大陸北部に大規模な氷床が発達し今日の五大湖地方ま で南下していたとみなされています。河野昭一さんは『世界のエンレイソウ』で「ウィスコンシン氷期には、…(中略)…フロリダ半島の付け根にあるアパラチ コーラ地域を中心に、海岸平野部のあちこちにエンレイソウ属植物を含む第三紀起源の多くの植物の待避の「場(refuge)」が存在していたのであろ う。」と述べておられます。図2はウィスコンシン氷期最盛期の北米の氷床を表わしたものですが、その時代に東部と西部の両端地域が氷期のレフュージア (refugia)となって多くのChamaemelanium節のスミレを生かし続けたのであろうと思われます。

 北米のChamaemelanium節についての話はこれでおしまいですが、その前に二三印象に残ったことなどを記したいと思います。
 オオバキスミレに最もよく似たスミレは北米西部のViola glabellaと東部のViola pubescensだと思います。最初西洋の学者達がオオバキスミレにそれらの学名をあてたのも無理からぬ事と思いました。
 北米のChamaemelanium節のスミレの中にはこれが同じ仲間とはとても思えないような赤や紫色の花弁を持ったViola beckwithiiやViola trinervata、表が白く裏面が紫色の花弁のViola canadensisなどがありますが、どの種も必ず花弁の奥(中心部)だけは黄色いのです。シレトコスミレや今は写真しか残っていないらしいシロバナオ オバキスミレを想い出します。
 ワシントン州の高山の限られたところにだけ咲くViola flettiiという種 11)が あります。実に美しい種で葉などはシソ色をしていて日本で言えばシソバキスミレのようなものかなと思いました。

 さていよいよアジアの親類達7種の話ですが、Viola brevistipulataオオバキスミレは日本だけの分布。Viola yubarianaシソバキスミレはその子ということになりましょう。
 『園芸植物大事典』で橋本保さんはViola alliariifoliaジンヨウキスミレもこの節の一員とされましたが、柱頭の形、花の形などが異なっていますのでとりあえず親類リストからは外して おきました。DNAによる研究などが待たれます。
 Viola orientalisキスミレは日本と朝鮮半島、沿海州などに分布しますが、いがりまさし著『日本のスミレ』に非常に詳しく載っています。12)お隣の韓国にたくさん分布するようですが、日本よりもインターネットが普及していて非常にたく さんの写真が公開されています。韓国に旅行した友人からいただいた写真がありますのでそれを載せてみます。

 Viola acutifoliaは中央アジアに分布するものでベッカー(1925)が「葉が茎の上部に集中し、そのほかに茎の中央付近に一個の葉をつけるもの、トル キスタンに1種。」としたものです。ベッカーはChamaemelanium節をさらに下位区分する際に葉のつきかたに注目しました。たしかにすらーっと 伸びた茎に葉が一様に散在するのが祖先的な姿で、中間に全くなくなってて上部に集まったり、逆に茎が短くなって全てが根生的になって行くのはより進んだ形 態と言えるのでしょう。Viola acutifoliaの標本画像は中国で多く公開されています。それを見ますとたしかに茎の中間にぽつんと葉がついていますがその他の形態や葉の形はオオ バキスミレと良く似ています。たまにオオバキスミレでもそんなふうに茎の中間に葉を持つ個体を見たことがあります。先祖返りでしょうか。Viola acutifoliaの写真はとても少なく13)、本物に会ってみたいなと思 います。
 Viola unifloraは毛の生えた太い茎、相対的に大きな花、茎葉は離れて着きますが上部に集まっています。フギレキスミレのようなギザギザの葉が特徴で、シ ベリア・モンゴルのタイガの住人です。14)
 Viola fischeriは写真も標本画像も全く見つけられませんでした。ベッカー(1916)の記載15)を 見ますと、Viola unifloraの標本の中からベッカー自身が見いだしたものですので、その子という位置にあるのかも知れません。茎の長さが10cmほどで、シベリアア ルタイ地方の高山植物のようです。アルタイ地方の絶滅危惧植物にも指定されています。
 最後の一種はViola muehldorfiiです(Viola muehldorfiとされることもあります)。中国東北部。朝鮮半島・ロシア沿海州に分布します。この種に関しては、世界中の植物学者が協力したプロ ジェクト「Flora of China」のサイト16)に詳しい記載があります。草丈が60cmに なることもあり、花も大きくて目立ちます。茎の上部には長軟毛があり、オオバキスミレと同じように根茎が横に這うのが特徴です。オオバキスミレでは3枚の 葉が上部に集まりますが、V. muehldorfiiでは普通下の葉が離れた位置に着き、2枚目と3枚目がわりと大きく長めの柄で対生しているように見えます。

 以下の図はアジアのChamaemelanium節のスミレ5種の分布図です。煩雑になるのでオオバキスミレ関係は入れていません。Google mapsのマイマップ機能で作ってみました。各分布点は文献記載、標本採集場所、写真撮影場所などのデータから位置ポイントアイコンを設定しています。今 回作ったマイマップは必ずしも拡大した時の位置の正確さを目指したものではないので、ディスプレイで全体が見やすい位の縮尺に設定した時にある程度分散し た位置に来るような場所だけを選んでアイコンを立て、また一部では文献の地図上の分布点からおおよそ同じ位置にアイコンを立てたものもあります。要はアイ コンをぐるっと囲むような線の中が分布域になるような地図を目指しました。

 GoogleでChamaemelaniumを検索していて興味深い論文 Whang(2002)17)を 見つけました。是非読んで見たいと思いましたが、韓国のハングルで書かれた有料サイトで、どうやっても入手までたどり着けません。思いあまって札幌の日韓 友好親善協会に助けを求めました。そこで韓国語を教えている先生を紹介いただき、その朴永華さんの導きで無事入手することが出来ました。ここに記して厚く お礼申し上げます。
 この論文は韓国内のChamaemelanium節のスミレの分類に混乱が見られるので、新しく採集した生品と標本によって顕微鏡や電子顕微鏡を使って 形態を精査し分類学的研究を行ったというものです。
 それによりますと、韓国(Korea)にはViola orientalis、Viola brevistipulata var. brevistipulata、Viola brevistipulata var. minor、Viola brevistipulata var. laciniataの4種類が存在し、形態的に明確に区別できるとしています。Viola brevistipulata var. brevistipulataが韓国から報告されたのが1974年、そして今回新たに一部山岳地域からViola brevistipulata var. laciniataも分離することが出来たとされています。しかし私には var. laciniataとされた8個体の葉の長さの平均が3.55cm、幅の平均が3.14cmというのはいかにも小さすぎるのではないかと思います。「探訪 記 その25」のデータを再掲しますと北海道のフギレオオバキスミレの茎生第一葉の長さの平均は7.3cm、幅の平均は7.85cmです。フギレキスミレ でも7.39cm、6.76cmです。葉のギザギザ(フギレの深さ)もごく小さなものです。著者は var. laciniataの柱頭の柔毛が他の3種類と違って柱頭を包むように3方向に生えている点が異なっていると結論していますが、北海道のフギレオオバキス ミレやフギレキスミレでいままでにそのようなものは見たことがありません。これはどうも北海道の var. laciniataとは異なるものではないかと思います。極東地域全体のChamaemelanium節のさらなる検討が必要なのではないかと思いまし た。

 『スミレニュース』49号に山田直樹さんが「オオバキスミレ」と題した論文を発表されています。18)以 下引用します。
「 ところで最近、森和男氏より恵送された中国峨眉山採のオオバキスミレ様のキスミレ…(中略)…その開花株を観察する機会があった。全体的な印象とし て、福井・岐阜県境の冠山や明王の禿に自生する乾燥型やミヤマキスミレと殆ど同型で、花冠型や柱頭なども大差なくそして大きな紫色の冬芽などを形成するの もオオバキスミレの特徴と同じである。もしそれらの産地のものと中国産を混ぜて区別せよと言われた場合大変に難しい。それらの変異の幅は国内産のダイセン キスミレ、エゾキスミレなどの方が大きく、基本種との識別は容易である。…(中略)…中国産のキスミレを見て、オオバキスミレは、日本特産の独立種で多雪 地帯で分化したとの説に少なからぬ疑問を感ぜずにはいられない。
 日本海が出来たことにより裏日本の多雪気候が形成され、その結果オオバキスミレの適応分化と考えるのではなく、もともと日本海成立以前より広く大陸と連 続分布しているものとも考えられるが、大陸産の各地のものを含めて改めて生態学的にも分類学的位置付けの検討がなされてもよいかと思われる。」
 峨眉山は四川省にあります。韓国のViola brevistipulataが日本のオオバキスミレと同一のものだとしても、そこからはるかに離れています。上に掲げたChamaemelanium節 の分布図を見ても四川省は南に離れすぎています。
 中国のスミレについて少し勉強しようと、図書館から森和男著『雲南省の植物』19)を 借りてきました。スミレ科のところにはDischidium節の一種Viola delavayiのみが掲載されているだけでした。
 ところがなんと、別にアツモリソウの仲間Cypripedium yunnanenseの写真の中に偶然黄スミレが写っていたのです。それはまぎれもなくChamaemelanium節の姿をしていました。この写真が撮 られた場所は雲南省でもわりと四川省に近い所です。世界地図を開いて改めて眺めてみますと中国は茫漠として広大です。
 これからは中国そしてお隣の韓国、さらにはミッシングリンク北朝鮮、アジアの国々のことについてもっと学ばなければならないと思うこのごろです。

 参考文献・参考サイト
1)橋本保『日本のスミレ』(1967)誠文堂新光社
2)『園芸植物大事典』全6巻(1988〜90)小学館、第3巻
3)http://www.biolib.cz/en/main/
4)http://www.biodiversitylibrary.org/item/7150#4
5)Die natテシrlichen Pflanzenfamilien : nebst ihren Gattungen und wichtigeren Arten insbesondere den Nutzpflanzen / unter Mitwirkung zahlreicher hervorragender Fachgelehrten begrテシndet von A. Engler und K. Prantl ; Bd. 21(1925)Leipzig : W. Engelmann
6)http://sumiresanpo.cocolog-nifty.com/blog/
7)PLANTS Database http://plants.usda.gov/java/nameSearch?keywordquery=Viola& mode=sciname&submit.x=20&submit.y=9
8)Shrinking the Violets: Phylogenetic Relationships of Infrageneric Groups in Viola (Violaceae) Based on Internal Transcribed Spacer DNA Sequences, by Harvey E. Ballard, Jr., Kenneth J. Sytsma and Robert R. Kowal ・ 1998 American Society of Plant Taxonomists.
9)河野昭一編『世界のエンレイソウ―その生活史と進化を探る (植物モノグラフシリーズ (1)) 』(1994)海游舎
10)河野昭一編『植物の世界 草本編(上)』(2001)ニュートンプレス
11)http://biology.burke.washington.edu/herbarium/imagecollection.php?Genus=Viola&Species=flettii
12)いがりまさし『増補改訂 日本のスミレ』(2004)山と渓谷社
13)http://www.molbiol.ru/pictures/80199.html
14)http://www.plantarium.ru/page/image/id/34181.html
15)Becker, W. (1916) Violae Asiaticae et Australenses I. : Beihefte zum Botanischen Centralblatt. Abteilung
16)http://www.efloras.org/florataxon.aspx?flora_id=2&taxon_id=200014391
17)Sung Soo Whang(2002)A taxonomic study of Viola section Chamaemelanium in Korea, based on morphological characters : Kor. J. Plant Tax. Vol. 32. No. 4.
18)山田直樹『スミレニュース』49号(1987)日本スミレ同好会
19)森和男『雲南省の植物』(2002)トンボ出版


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