その31 2013.1.9
この探訪記を綴ってきてかれこれ11年になります。しかし最近はすっかり更新ペースが遅くなってしまいました。一番新しい「その30」からもも
う3年近くたってしまいました。この間身辺にいろいろな事がありましたがスミレのことを忘れていたわけではありません。ようやくまた探訪の旅に出ることが
出来ました。
2012年の6月初め、山菜採りを兼ねて石狩管内当別町のフギレオオバキスミレ産地を訪れた際、根茎の状態を確かめるためにいくつか掘ってみました。そ
の時の写真が(写真1)です。

地下茎がすらりと伸びて途中で枝分かれもしています。道南や道北のオオバキスミレ、そしてフギレオオバキスミレなどはたいがいこのように地下茎が伸びて
いて隣同士が繋がり、それらがお互い絡み合って一面の群落をなして生育しているように見えます。
一部を少し家に持ち帰ってそのまま鉢に埋めて置きました。そして半年が経ち、雪に埋もれた鉢からその個体を再度掘り出してみたのです。写真は鉢に植える
前のものと半年後のものです。(写真2)
新しい地下茎が2cm程伸び新しい根も生えていました。1枚の葉っぱが一夏の間光合成をして伸びたのだと思われます。この先端部分の表と裏を撮影、合成
したのが(写真3)です。
オオバキスミレの地下茎については「探訪記 そ
の
12」でも取り上げましたが今
回のフギレオオバキスミレで観察した結果も同様でした。各節に
付く鱗片葉(托葉)は2枚あってそのあいだに成長しなかった根生葉があり、その根元部分だけが残っていたり先端が腐った小さな三角形の突起であったりしま
す。今回の観察で強く意識したのは、半年間で約2cm地下茎が伸長しましたが、あたかも地上で茎が伸びるように、節間がすーっと伸びることで実現している
ということです。(実際茎も節間が伸びたものと言えます。)
この写真の右側に見えているのは今年の根生葉以前の根生葉や地上茎の取れた跡が太くごつごつと連なっていますが、この部分では節間は伸長していません。
ここ数年は地上茎または根生葉を連続して出していたと思われます。(写真1)もよく見ますと、今年根生葉を出している5ヶ所は皆太い節が密集していて、そ
れ以
外の所ではこのような構造は見られません。つまり節間の伸びた地下茎はあくまで地下を這い、先端が地表付近まで到達したところでこんどは地上茎なり根生葉
を出すモードに入るのだと思われます。それからは条件が良ければ何年でもそこで地上部を作るのでしょう。
そうしますと、実はこの(写真3)は普通ではない状態を示しているのです。つまり、本来ならまた来年も地上部を出すはずのところが、鉢植えで思いがけず
深く
埋められてしまったために、モードを変更して地下茎を伸ばし始めたのだと思われるのです。今までに撮った地下茎の写真を見返してもすーっと伸びた地下茎か
らごつごつの状態になり、そこからまたすーっと地下茎が伸びている個体はありませんでした。このように容易に地下茎を伸ばすことの出来る可塑性を持ってい
ることがフギレオオバキスミレなどの繁栄の要因の一つになっているのではないかと思われます。
北海道のオオバキスミレやフギレオオバキスミレは沢沿いの斜面などに多く見られます。そういう場所は表土が動きやすくまた斜面の下部では崩れてきた土砂
に埋められやすい環境です。根茎がちぎれてもそれぞれが別個体として生育できたり、埋められても新しい地下茎を伸ばすことの出来る性質を持っていることで
うまく適応して生活しているのではないかと思われます。
(写真4)は(写真3)のフギレと同じ日にやはり鉢植えから取り出したフチゲオオバキスミレです。タコの足のようにいっぱい付いているのは全て根、そし
て左側にごつごつと連なっているのが地下茎でこの部分は先ほどのフギレと何ら変わりありません。図鑑などの記述ではフチゲは地下茎では増殖しないと書かれ
ています。実際の群落もあまり密集しませんので見るからに地下茎では増えていないように見えます。しかし私はすーっと伸びた地下茎をつけている個体をいく
つか見たことがあります。これは、フチゲオオバキスミレは地下茎を伸ばすという能力は持ちながらも、主にタネで増えるので掘ってみても地下茎由来ではない
ものが多く見られるという結果になっているのではないかと思われます。
図鑑に書かれるオオバキスミレの特徴、根茎を伸ばして増えるという記述は、(写真1)のように地下茎の節と節の間が長く伸び、あるいは分岐をしてクロー
ン成長することを指しているのだと思います。
私は日本のスミレ属全体ではこのように地下茎の節間がきれいに伸びて増殖するような種類がほかにどれだけあるのか調べてみました。浜栄助「原色日本のス
ミレ」、井波一雄「日本スミレ図譜」など主に根まで図示された図鑑などを見てみますと根茎を伸ばして増えると記述されていたり、節間がきれいに伸びたよう
な根茎の図が描かれている種類は意外と少ないということが分かりました。スミレ類は一般に通常の花が終わった後閉鎖花をつけて増殖しますので、根茎で増え
ることととはトレードオフ的な関係になっているのかもしれません。しかしスミレサイシンのように地下茎も伸ばし閉鎖花もつける種類もあります。
日本には60種程のスミレが自生するとされていますが、まがりなりにも地下茎が伸びて増えるスミレはどうやら10種程度らしい。スミレサイシン類の4
種、ヤクシマスミレ、タカネスミレ、チシマウスバスミレ、タニマスミレ、ジンヨウキスミレ、オオバキスミレ。この他にも花後地下匐枝を出すなどの紛らわし
いものも多少あるけれども意外に数が少ないのです。
これはどうもスミレ類がもともと持っていた性質ではなくてそれぞれの種が独自に獲得したのではないかと思われます。さらにタカネスミレの4つの亜種のよ
うに地下匐枝を出して増えるものから全く出さないものまで種内で変異のあるものもあります。
オオバキスミレ類については、学名による分類はちょっと横に置いておいて、和名だけで言いますと、増殖のための根茎を引くとされる種類はオオバキスミ
レ、ナエバキスミレ、ミヤマキスミレ、ケエゾキスミレ、エゾキスミレ、フギレキスミレ、フギレオオバキスミレ。そしてダイセンキスミレ、フチゲオオバキス
ミレ、
シソバキスミレは根茎を引かないとされます。さらに前の7種類は閉鎖花をつけないようですし、後の3種類は閉鎖花をつけることが知られています。もしこれ
らの10種類が一つの系統に纏まっていて共通祖先があるのであれば、それはどのような性質を持ったものであったのか興味が引かれます。
そこで私はオオバキスミレの親戚達(Chamaemelanium節)がどんな具合になっているのか、「探訪記 その30」でルーツを訪ねたのと同じよ
うに世界の標本庫から公開されている標本画像を集めてみました。今回探したのは主に日本とその周辺のいわゆるErectae亜節と呼ばれる仲間たちです。
二度に亘って収集した画像の数は、フチゲオオバキスミレ…10枚。ダイセンキスミレ…9枚。オオバキスミレ…29枚。ナエバキスミレ…8枚。ミヤ マキスミ レ…1枚。エゾキスミレ…3枚。ケエゾキスミレ…2枚。フギレキスミレ…4枚。フギレオオバキスミレ…7枚。シソバキスミレ…3枚。V. uniflora…30枚。V. fischeri…1枚。V. acutifolia…14枚。Viola muehldorfii…8枚。キスミレV. orientalis…49枚。V. pubescens…11枚。V. glabella…8枚。
日本のスミレが主なのですが、前回から3年ほど経過していくぶん期待もありましたが、やはり残念ながら日本の標本庫ではわずかしか見つからなくて
大半が
中国、フランス、イギリス、韓国、そしてアメリカの標本庫から見つけたものです。国内産の標本画像が外国で見つけられるのは、フォーリー神父などの外国人
が採集したもの、古瀬義(ふるせ
みよし)さんが海外の標本庫に寄贈したもの、あるいは近年国内の博物館と標本交換で渡ったものがその国で公開されていることによるものです。キスミレ、
V. pubescens、V.
glabellaについては公開されている画像はとても多いのでそれぞれの根茎の状態が分かるものが集まった段階で収集をストップしましたが、それ以外は
今のところ上記の数くらいしか見つかっていません。
各種類の標本画像を1枚ずつ並べて画面コピーしたものが以下の図です(V.
fischeriだけは1枚しか見つからず、地下部分の無い標本なので載せていません)。それぞれの標本画像の元画像は以下の場所にあります(2013年
1月確認済み)。
フチゲオオバキスミレ http://sonneratphoto.mnhn.fr/2012/09/26/15/P04696967.jpg
ダイセンキスミレ http://pe.ibcas.ac.cn/sptest/syninvok3.aspx?x=pe%20%20%20%20-
01207779
オオバキスミレ http://www.cvh.org.cn/lsid/detail.php?lsid=urn:lsid:cvh.org.cn:
specimens:PE_00091856
ナエバキスミレ http://pe.ibcas.ac.cn/sptest/syninvok3.aspx?x=pe%20%20%20%20-
01207795
ミヤマキスミレ http://pe.ibcas.ac.cn/sptest/syninvok3.aspx?x=pe++++-01207787
エゾキスミレ http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/fmi/xsl/DShokubu/herbarium/en/Collection/detail.xsl?tiNo=02221&tiNo.op=eq&-token.project=number&-find
ケエゾキスミレ http://pe.ibcas.ac.cn/sptest/syninvok3.aspx?x=pe%20%20%20%20-
01207774
フギレキスミレ http://pe.ibcas.ac.cn/sptest/syninvok3.aspx?x=pe%20%20%20%20-
01207794
フギレオオバキスミレ http://sonneratphoto.mnhn.fr/2012/09/26/15/P04696965.jpg
シソバキスミレ http://mitizane.ll.chiba-u.jp/metadb/up/haginiwa/jh900001-900500/JH900367.jpg
V. pubescens http://www.tropicos.org/Image/100006813
V.
glabella http://goodnight.corral.tacc.utexas.edu/UAF/2008_09_30/jpegs/H1233481.jpg
V. uniflora http://sonneratphoto.mnhn.fr/2012/09/26/15/P04697002.jpg
V. fischeri http://sonneratphoto.mnhn.fr/2012/09/26/15/P04696962.jpg
V. acutifolia http://photo.cvh.org.cn/pic/pe/6/00068267.jpg
V. muehldorfii http://photo.cvh.org.cn/pic/pe/7/00076223.jpg
V. orientalis http://photo.cvh.org.cn/pic/pe/8/00085020.jpg
根茎のある・なしは各図鑑の記述と図、そして標本を見て主に根茎を伸ばしているものは「あり」、そうでないものは「なし」としました。閉鎖花について
は、各図鑑の記述、自分の栽培経験、インターネットの検索、などによってあることが分かったものは「あり」、閉鎖花の存在が分からなかったものは「なし」
としました。
アジアで根茎を伸ばして増えるのはどうやらV. muehldorfiiとV.
brevistipulataだけで、両者合わせても分布域はそれほど広くありません。どのような要因で両種は生まれ今に至っているのか、もっと詳しく知
りたいものです。さらには閉鎖花で増える種類はもっと少数派のようです。スミレ類は全体としては閉鎖花をつけるのが一般的なのに何故少ないのかこれも不思
議です。オオバキスミレ類についてはまだまだ勉強したいことがたくさんあります。どうやら探訪の旅はまだまだ続きそうです。
最後に栽培ものですが、シソバキスミレの閉鎖花と果実の写真を載せます。閉鎖果では写真のように残存花柱が貧弱なのが特徴のようです。
主な参考資料
松本雅道・田金秀一郎「キスミレ (Viola orientalis) の生育環境特性」日本緑化工学会誌 Vol.
32(2)2006(http://ci.nii.ac.jp/naid/110005519468)
高橋秀男「日本産高山植物ノート(1)」神奈川県立博物館研究報告 第1巻(4)1971
高橋秀男「日本産高山植物ノート(3)日本産キバナノコマノツメとタカネスミレについて」神奈川県立博物館研究報告 第1巻(7)1974
清水建美・梅林正芳「日本草本植物根茎図説」1995
竹内亮「コオライキスミレ 満州と内蒙古産スミレ属雑記3」採集と飼育24(11)1962
竹内亮「キスミレとマンシュウキスミレ 満州と内蒙古産スミレ属雑記4」採集と飼育25(6)1963
Flora of
China (http://www.efloras.org/florataxon.aspx?flora_id=2&taxon_id=
134607)
Flora of Japan (http://foj.c.u-tokyo.ac.jp/gbif/foj/ja/)
Becker「Violaceae. Viola.」Die natürlichen Pflanzenfamilien 1925
日本スミレ同好会「すみれニュース電子ファイル1号〜101号」2008
いがりまさし「増補改訂 日本のスミレ」2004
浜栄助「増補 原色日本のスミレ」2002
井波一雄「日本スミレ図譜」1966
井波一雄「すみれの観察と栽培」1993
牧野富太郎「新日本植物図鑑」1968
滝田謙譲「北海道植物図譜」2001
船迫吉江「野の花とゆらら 私のすみれ」2005
角田充「フォーリー神父植物採集年譜」植物分類.地理 43(1)1992(http://ci.nii.ac.jp/naid/110003760841)
松井洋「文献にみるフォーリー神父の北海道植物採集地」北方山草 21号 2004
田中徳久「古瀬義氏
植物コレクション」神奈川県立生命の星・地球博物館 Vol.15(4)2009 (nh.kanagawa-museum.jp/tobira/15-
4/5tanaka.pdf)
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