その9 2004.3.31

夢に見るエゾキスミレ

 エゾキスミレはケエゾキスミレの分布域の南端に近いアポイ岳山塊に生育しています。
私も、何度かアポイ岳に登り、中腹から上の蛇紋岩が露出する岩場に可憐に咲くエゾキスミレと対面したことがあります。
 しかし、エゾキスミレはアポイ岳のある様似町だけに分布するのではありません。1999年にえりも町教育委員会から出版された「新版 えりもの植物」にケエゾキスミレと並んでエゾキスミレの見事な写真が載っております。私はまだ見たことはないのですが、えりも町のエゾキスミレの貴重な写真だと思います。

 著者の三浦忠雄先生の書かれた解説が簡潔で的確なので、ここに再録させていただきましょう。

 エゾキスミレ葉は茎の上部に3輪生状につき、3角状卵形で先はとがる。また葉質は厚く光沢があり、濃緑色。茎、葉柄、葉の裏面は紫色をおびる。花はふつう1個をつける。蛇紋岩変形植物。
 ケエゾキスミレエゾキスミレに似るが、葉質が薄く、光沢が少なく葉の両面は緑色で葉のふちや裏面脈上に白い短毛がある。 これにつけ加えるとしたら、エゾキスミレの葉は平均して小さく、長さに対して幅が狭い印象を受けます。ケエゾキスミレの葉は大きなものからエゾキスミレそっくりの小さなものまで変異の振幅がおおきいのに対して、エゾキスミレが小さく細い形の方にまとまっているという印象です。そして葉が上方に湾曲する傾向があります。これはケエゾキスミレには見られないことです。

 茎、托葉、葉柄、花柄などが紫紅色を呈していますが、この性質はオオバキスミレ系ではどの変種に限らず、陽光に強く当たれば当たるほど、大なり小なり紫紅色を帯びます。いがりまさし氏の「日本のスミレ」の19ページにはオオバキスミレとフチゲオオバキスミレの比較写真が載っていますが、その両方とも陽の当たった地上部が紫紅色に色づいています。特にフチゲオオバキスミレは色づきが強いようです。茎を切ってみますと、この紫紅色は表面だけで内部には及んでいません。たぶんこれは強い紫外線などから植物体の内部を保護する役目があるのだろうと想像しますが、エゾキスミレのように隠れることも出来ない岩礫地に生育するものは、自然と保護物質の多く発現されるものが選ばれてゆくのではないかと思います。
 エゾキスミレもケエゾキスミレと同様に、花が二つ咲いたり、葉が四枚あったり、第1葉と第2葉の間の間隔があいたりすることがあります。その点では両変種に傾向の違いはないようです。
 エゾキスミレは植物体に全く毛がありません。それに対して、ケエゾキスミレは前のページにも書きましたように、肉眼でもはっきり分かるような毛深いものから、ほんの申し訳程度に生えるもの、そして毛のないものまで様々なものがあります。ここでもエゾキスミレはケエゾキスミレの変異域のなかの一方の端に集中した形になっています。エゾキスミレはこのようにケエゾキスミレの分布域の南端の蛇紋岩地に適応し、特殊化したものだと思われます。



 図鑑などではアポイ岳周辺から遠く離れてもう一ヶ所、エゾキスミレが分布するとされています。それは天塩山地の南部にある白鳥山です。ここも私は行ったことがありません。な〜んだ10年も黄色いスミレを追いかけている割には大事なところに行っていないんだなと思われるかも知れません。
 白鳥山は山とは言えないほど標高が低いのですが、近づくための道がありません。
行くのであれば二日がかりだとも言われています。このあたりは蛇紋岩が露出していて、特殊な植物が多いとされています。誰でもが気軽に行けないほうが、植物にとっては幸せなのです。

 なかなか行けない場所であるせいか、いろいろ文献を調べているのですが、1955年の7月20日に渡邊定元氏が発見して以来、この50年間白鳥山のエゾキスミレを再び記録した人がいないようなのです。しかも2001年には渡邊定元氏御自身が標本を再検討され、ここのものはエゾキスミレではなかったということを発表されました。これでエゾキスミレはようやく安住の地を得たのではないかと思います。


 白鳥山のあたりは、最初の分布図をごらんになるとおわかりのように北海道の中ではオオバキスミレの多産地帯です。蛇紋岩地のように何千年と草原植生が維持されてきたと思われる所にも、オオバキスミレが生えていたりします。
 私も、白鳥山にほど近い場所でオオバキスミレを観察したことがあります。その地域での非蛇紋岩地と蛇紋岩地で見比べてみますと、蛇紋岩地の方が植物体が小さく、葉も小さく細くなり、第1葉と第2葉の間の間隔はせまくなる傾向が見られました。変わらなかったのが毛の長さで、どちらも0.2〜0.6mm位の毛がありケエゾキスミレにも匹敵するくらいの毛が見られました。


 私の観察はここまでですが、いつの日にか、白鳥山にも行ってみたいという夢だけは持ち続けています。

エゾキスミレ写真館

葉は緑色が濃く、上方に湾曲する。 1998.5.17 アポイ岳

 ヒダカイワザクラとともに咲く。1998.5.17 アポイ岳


岩礫地の群落の様子。 1998.5.17 アポイ岳




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